新たな出会い
不思議リフォームでの出来事の後、夜の街に出かける機会が増えたある日、いつも一緒に飲み歩く電気工事会社の社長の鷲元純也君が「アレ峰岸さん、右耳の上の方、チョット禿げてるんじゃ無いですか?」
「何て?チョット、カガミ、カガミ。」そう言って言われた所を鏡で見ると、何と、円形脱毛症で、500円玉程の禿げが出来ていた。「えーっ、ホンマや。何でやろ。まぁええわ、外に出る時は帽子被るし、後ろやから、そんなに分からんやろ。」
「まぁ確かに、後ろから見んと、分からんですからねー」昭の出店の裏切りの事情を何も知らない鷲元君は、そう言って、昭を慰めた。
彼は昭より、8歳年下で、昭の事を兄貴のように慕って来ていたので、毎晩のように、一緒に飲み歩いていた。
そんなある日、ゴルフの帰りに、例の如く、昭と鷲元君と、他のメンバーとで、今日は、すき焼きパーティしようか?と言う事になって、すき焼き屋さんの一室で鍋を囲む事になった。
「野郎ばっかりだとつまらんけん、今日は、女の子も呼びました。」と、言うと、そこへ2人の女の子がやって来た。
1人は鷲元君が気に入っている、岡本 美穂子さんと、その子の友達で、遠野 華さん、それと、スナックのママさんの3人。
「今晩はー、今日は、おご馳走になります。」と言って現れた。
岡本さんは、以前から鷲元君がいつも連れている娘で、鷲元君より7歳年下で、昭より15歳も年下だけど、明るくて、しっかりした女の子と言う印象で、昭も一緒にゴルフをしたり、食事をしたりして、仲が良かったので、「ミホちゃん、いらっしゃいー、どうそ、どうぞ、座って。」
「あっ、峰岸さん、こちらは、私の友達で、同い年の遠野 華さんです。宜しくお願いします。」
「遠野です。今晩は、お誘いいただきありがとうございます。」
「私はタマミです、何ちゃって。」と、タマミママが、昭もよく知っているのに、おどけて見せた。
昭は、ミホちゃんもママもよく知っていたので、緊張する事は無かったけど、遠乗さんは、大人しく、その上よく気がつき、皆んなが話している間に、色々と、すき焼きの取り皿とか、小鉢などを、せっせと配ってくれて、先に割り下を入れて、準備に抜かりがなかった。
「遠野さん、手際がいいねー」と、昭が、感心して言うと、「私、おばあちゃん子だから。子供の頃から身体が弱くて、ずっとおばちゃんに見ていて貰ったものだから。」そう言いながらも、肉を入れた後に、サッサと白菜の芯を入れていった。
その手際を見ながら昭は、若いのに、具材を入れる順番まで、ちゃんと計算して、良く気がつくなぁと思い、感心して見ていると、
「峰岸さん、峰岸さんも、いつまでも1人で居たんじゃ駄目ですよ。こんな子を嫁にもらわないと。」
「何言ってるんですか鷲元さん、初対面の人に変な事言わないでください。」と、遠野さんが、半分怒った顔をしながら、皆んなにお酌をしていった。
「アホか、お前、15も歳が離れてるんやぞ、こんなジジイ誰が相手にするんじゃ。それと俺は、2度と結婚は、せんと決めてるんじゃ。」
「アラアラ、恋に年なんて関係ないわよ。惚れてしまえば、皆一緒。それと、今はええけど、年取って1人は寂しいわよー。」と、ママまで、冷やかして言った。
皆んなで楽しく、すき焼きを囲み、ビールの後は、日本酒になり、その勢いで、4人とママとで、ママの店「スナック男爵」へと行った。
男爵では、ブランデーを飲み、
鷲元君が「峰岸さん、例の奴歌って下さいよ。
俺、峰岸さんが歌うあの「そしてめぐり逢い」が、大好きなんすよ。
「又か、いっつもこの歌じゃなぁ、まっ、そうまで言われたら歌うか。」
満更でも無さそうな顔をして歌うと、鷲元君が又々「最高ー、やっぱり、峰岸さんのこの歌は、1日に一回は、聞きたいですねー。」
「お前は、太鼓持ちか?煽てるのも良い加減にせえよ。」と、言うと、
「なっ、遠野さん、ええ声しとるやろ?」
「ホント、良い声ですねー。」
「ホレやっぱり、よし、今度は、俺が歌うけん、峰岸さんと、遠野さん、踊って踊って。」と、2人を立たせて、バラードを歌い始めた。
昭が、サッと手を伸ばすと、遠野さんも、手を出して来て、2人でチークダンスを踊り始めた。
最初は、黙って踊っていたが、気まずい雰囲気を何とかしようと、昭が、今度、新宮の道の駅に行かない?あそこの、抹茶と、抹茶大福が美味しいらしいけん、良かったら行かない?」
「あぁ有名ですね。私も、一度行って見たいと思っていたんです。」そう言う話しが自然と盛り上がり、鷲元君の歌が終わったのも分からなくて、いつまでも、チークダンスで踊っていたので、「チョットー、もう歌終わりましたよー、いつまで、イチャイチャしてるんですか?」と言われて、2人は、やっと気付いた。
アルファロメオ スパイダーで、颯爽と昭と華は、新宮の道の駅を目指した。
「すごい車ですねー」と、華が、車高の低い、乗りにくいスポーツカーに何とか身を沈めて、車の中を見回しながら行った。
昭は、この車が欲しかった、昔見た映画の内容を話して説明すると、「ふーん、よっぽど印象に残ったんですね」と、男のロマンを探るように言った。
「新宮からの帰りに、チョット寄りたい所が有るんだけど、いい?」
「別に良いですよ。」
「実は、四国中央市のスーパーに行きたいんよ。」
「何か、買い物するんですか?」
「いいや、今度、ここのスーパーにお店を出す事になったんで、チョット様子を見ようか?と思って。」
「えー、こっちにもお店を出すんですか?何の?」
「いや、洋服のリフォームのお店なんだけど、今やってる会社が、撤退するんで、その後をやってくれんか?と言われたもんで。」
あの、不思議リフォームでの、昭の努力で新店を勝ち取ったものの、裏切って、別の人間に経営権を渡された後、そのスーパーの課長から、「峰岸さん、チョット遠いけど、四国中央市の店舗で、今やっているリフォーム会社が、会社の事情で、撤退するんで、出来たら峰岸さんに後をお願いしたいと思いまして。」と言って来た。
その条件としては、
家賃ナシ。改装費は全てスーパー持ち、といっても、元々、同業者がやっていた所なので、ほとんど、改装する場所は無かったのだが、少しの手入れだけ。それと、売り上げからの手数料。それから、店の経営は、峰岸 昭 個人の経営で、店舗名は、昭が、自由に名付けると言う内容だった。その全ての条件を呑んでもらったので、OKを出して、今日、内密で、下見に行く予定だった。
まず、新宮の道の駅に着くと、初めて来た田舎の道の駅だと言うので、小さい店舗か?と思ったけど、結構広くて、洒落た作りで、新宮は、お茶が有名で、抹茶の商品も色々あり、目移りがするほどで、先ずは、抹茶大福を1つずつ買って、口に頬張りながら、帰ってから食べるお菓子やお土産を、両手一杯に買った。
その大量の荷物を持って、レストランに入り、2人で、抹茶ずくしのランチを食べた。「ところで、車に乗る時、乗りにくそうにしてたけど、スポーツカーは、車高が低いけん、乗りにくかった?」と聞くと、「いいえ、私は元々、股関節が悪くて、小さい頃から、病院で、入退院を繰り返して来たもんだから、あんまり無理な姿勢は出来ないんです。嫌な思いをさせて、ごめんなさい。」
「イヤイヤ、俺のほうこそ、そんな事とは知らんと、ごめん。今度からは、営業車のライトバンにするわ。」
「いーえ、乗る時だけ気を付ければいいので、大丈夫です。」その後、2人で、一般の客のふりをして、スーパーに入って行った。
スーパーと言っても、3階建のメチャクチャデカい建物が2棟あり、1つは、1階が食料品店と、雑貨。2階がファストフード、婦人物の洋服から靴まで、三階が、男性物の洋服からスポーツ用品までで、その橋の角っこにリフォームのお店があった。
何気ない顔で、お店の前を通っても、「いらっしゃいませ」の言葉もなく、受付には誰もいなくて、中は、棚で仕切られて何も見えなく、カウンターから覗き込むと、職人さん達が、下を向いて、一生懸命縫い物をしているようであった。
店の左側には、外からの出入り口があるけど、誰1人として通る人は居なかった。
(こりゃダメだ。お客さんを迎えようと言う姿勢が、全然出来てない。)
昭は、そう思いながら、別の棟へ向かった。
そこは、音楽関係の品物がふんだんに有り、洋裁の小物売り場や、スポーツ用品や、ゲームコーナーなどで、結構な人で溢れていた。
(うん、これなら行ける。)
どう思う?華に尋ねると、「なんだか、あっちの棟の2階と3階は、ゴーストタウンみたいだけど、1階の食料品売り場と、こっちの棟は、別物みたいに、活気があるね。」と、昭が感じた事と同じ思いを言った。
聞くところによると、華も、エステサロンで、働いているので、接客には、かなり気を遣っているらしいので、その辺の気配りは、昭と、同じ感覚だった。
さて、いよいよ、四国中央市の店舗が明け渡され、作業台、直線縫いミシン4台、ベビーロックミシン2台、まつり縫いミシン1台、それから、値段が張るけど、新製品で、カットしながらウェービングが出来るミシンと、バキューム、レジスターなどが揃い、後は、受け付けと縫い子さんの雇い入れ。
受け付けは、以前から、ここの店舗で働いていた前田さんを引き抜いて、店長兼受け付けとして採用した。
縫い子さんは、地元の情報誌に縫い子さん募集のチラシを入れて、面接をして、やっぱり、完全出来高制で3人採用し、店舗名は、誰でもすぐ分かるように、(洋服のお直し店M)とした。
それから店長に頼んで、店の左側の出入り口の1階と3階に、店名の入った立て看板を置いて貰い、1日1回、洋服のリフォームの案内の店内放送も入れて貰うようにお願いした。
以前、昭が、教育した11箇条の受け付けの心得を、全員に徹底的に教育した。
以前の店舗から引き抜いた、今の店長の前田さんは、昭のあまりの厳しい教育に、最初は、食ってかかってきていたが、その内に泣き出す始末で、そんな時昭は、
「俺も、キツイ事を言うつもりは無いけど、今までのあんた達のやり方が、ヌルすぎたんじゃ。俺たちは、ボランティアをしてるんじゃないよ。商売してるんじゃ。商売は、金儲けじゃ。お客さんを喜ばして、お金を貰って初めて商売しとる!と、言えるんじゃ。」と、厳しく教えて、ある時には、お客様にお釣りを渡す時に、受け付けの前田さんが、慌てて、お釣りの125円を渡す5円をカウンターの下に落としてしまった。
前田さんが、「あら、ごめんなさい。」と言いながら、カウンターの下の5円玉を探そうとしゃがみ込んだ時に、昭が、レジからサッと5円玉を取って、お客様に渡して、「有難うございました。又、お越しください。お気をつけて。」と、送り出した。
前田さんが、5円玉を拾って、立ち上がった時には、もう、お客様は、帰った後だった。
「なっ、アンタが客の立場だったら、どっちを選ぶ?金は、後で拾えばええじゃろ?もっと、頭を使え。」
そう言う細かいことから教え込んでいくと、売り上げは、みるみるうちに上がって来た。
ここの店は、フランチャイズでは無いので、売り上げの利益率が良く、頑張れば頑張る程、昭も、収入が増えて行った。
四国中央市の店も、昭が、偶に行くだけで成り立つようになり、その分、華と会う機会も増えて、華のアパートにも、良く泊まるようになった。
華は、おばあちゃん子だと言うだけあって、昭が、アパートに行く時には、前の晩から仕込みをした料理を作ってくれて、昭は、今まで食べたことがない、素材の味を味わえる事に、感動した。
しかし昭は、前の経験から、結婚後の生活の難しさと、煩わしさから、華には常に、「俺は、絶対に2度と結婚はしないから、そのつもりで。」と、言っていた。
そんなある日の朝、昭がいつものように、華のアパートへ行って、合鍵でドアを開けると、部屋には誰も居なかった。
常日頃から、「俺は、2度と結婚はしない。」と言っていた言葉に、嫌気がさして、逃げ出したのか?と思ったが、いや、それだったら、ちゃんと話し合う性格の女だ。それは無い。そう思い、携帯電話に電話を入れても、音信不通。
心配になった昭は、色々探し回ったが、夕方になって、華から連絡があった。
「ごめん。何度も電話くれてたみたいで。」
「どうしたんじゃ。」
「実は、急に股関節が痛くなって、歩きにくくなったんで、病院に来て診て貰って、今終わって、帰る途中。今からバスに乗って帰るけん、待っとって。」
「今、何処じゃ。」
「今は、県病院を出たところ。」
「分かった、待っとけ。絶対そこを動くなよ。」
昭は、電話を斬りながら、車で、県病院へ向かった。
バス乗り場の待ち合いの長椅子に華が、俯いて座っていた。
「どうした?大丈夫か?取り敢えず、車に乗って。」
華は、何も言わずに車に乗って来た。
「どうしたん?急に。」
「うん、今朝起きたら、足が痛くなって、歩くのが辛くて、これは、ただ事じゃ無いと思って、車の運転も、途中で、足が、言う事が効かんかったら事故を起こすと思って、バスに乗って、取り敢えず大きい病院!と思って、県病院まで行こうと思って。」
「何で、俺に電話せんかったんじゃ。」
「四国中央市の店の話も聞いてたから、忙しいと思って。」
「アホか、そんなん、どうでもなるやん。それで、どうやったん?」
「それが、レントゲン撮ってもらったら、左足の股関節の動きが、かなり悪いので、早急に手術しないといかん。と、言われて、最悪、車椅子の生活になる。と言われた。」
「えー、車椅子?」
「そう、それで、大学病院を紹介して貰って、もう一度、大学病院で、精密な検査を受けなさい。と言われた。」
華は、ずっと下を向いて、話していた。
「よっしゃ、ほしたら、明日にでも、大学病院へ行こう。」
「そやから、私と別れて?」
「何でや?」
「だって、車椅子になったら迷惑かけるし、そうじゃ無くても、負担になるし、私じゃなかっても、ナンボでも女の人はおるし。」
昭は、その言葉を聞いて、腹が立った。
「アホか!ほしたら、メチャクチャ元気な、ピチピチのギャルが、ある日突然車に跳ねられて、足切断して車椅子になったけん、と言うて、ほしたら、別れるわ。って言うか?俺をそれだけの人間じゃと思とんか?その時は、俺が面倒見たるわ。そんな思いで、付き合うとるんじゃ。」
「それでも…」
「もうええ、とにかく、明日一緒に、大学病院へ行こう。それよりな、面白い話があるんじゃ。」と、昭は、急に話題を変えた。
「ウチにおった受け付けの女の子、藤村、知っとるやろ?」
「うん、知ってる。」
「アイツからメールが入ってな、今日、彼氏と籍を入れました。今日から性が変わります。と、書いてな、普通姓名の姓は、おんな編やろ?
りっしんべんは、さがやろ?せやけん、俺もメールで、おめでとう。君は今日から男になったのですね!と書いて送ったわ。」
そこで華は、初めて笑った。
翌日、朝一番で、昭と華は、大学病院へ行き、整形外科の先生と話しをして、MRIを撮って貰い、詳しい話を聞いた。
先生の名前は、服部先生で、レントゲン写真を見せながら説明してくれた。
「良く見てください。この左足の大腿骨の真ん中に、黒い丸い影が見えるでしょう?」そう言われて良く見ると、確かに、大腿骨の中心に大きな黒い影が有る。
「これは、大腿骨に穴が空いているんです。それから、この大腿骨の上部と骨盤の隙間が、殆ど無いでしょう?これは、軟骨がすり減って、薄くなっているので、骨が当たって痛いんです。今の状態で、例えば、何処かから飛び降りたりすると、この大腿骨の穴が潰れて、一生歩けなくなります。最悪、車椅子生活になります。
絶対に、上から跳んだり、変な転け方をしない事。そうしないと、今も言ったように、穴が、グシャッて、潰れてしまいます。それで、人工関節を入れて治す方法も有るんですが、私の考えでは、今の医学では、人工関節は、10年に1度、新しい物と、やり替えないとダメなんです。そうなると、まだお若いんだから、寿命迄に2回か3回手術が必要になります。
そこで、自分の骨を継いでくっつける方法で、骨斬り術と言う方法が有るんですが、四国で、それを出来る先生がいません。九州に有名な先生が居ますので、良ければ、入院していただいて、その先生のスケジュールが、空いた時に、こちらに来て貰って、ここで手術してもらうようにしたらどうか?と思いますが。」
あまりの壮大な話に、昭も華も驚いて、顔を見合わせていたが、昭は、直ぐに、「お願いします。それでやって下さい。」と言った。
華は、昭の顔を見ながら、小声で「お金は?」と、聞くので、「心配するな。」と言って、「それでは先生、いつから入院すれば宜しいでしょうか?」と尋ね、1週間後に入院が決まった。
1週間後、昭の車に、取り敢えず必要な物を全て入れ、華を5階の入院病棟に連れて行った。
「エッ、ここ個室よ?」
「そうよ、個室よ。どうせ大部屋では無理やろ。大丈夫。保険も入っとるやん。」
そう言って、個室に入院の準備をした。
その3日後、服部先生がやって来て、
「先方の先生が、明後日、スケジュールが空いたので来てくれる事になりました。
そこで、一つだけお願いがあるんですが?」
「何でしょう?」
「この手術は、四国でも、初めての手術なので、無理にとは言いませんが、良ければ、今後の医学の為に、若い先生方にも見学をさせたいのですが、いかがでしょうか?」
華が即座に、「はい、大丈夫です。私で、お役に立つのであれば。」と、言って、了承した。
それから4日後の早朝、昭は、朝4時に起きて、5時には自宅を出て、7時には、大学病院に到着した。
8時からの手術だと言う事だったので、それに間に合わせての行動だった。
昭もそうであるように、華も、家庭の事情が色々あって、付き添いは、昭だけだった。
いよいよ8時前、大勢の看護師さんが、ストレッチャーを押して部屋に現れた。
服部先生が、「それでは今から麻酔室に行きます。宜しいですか?」そう言って、昭の顔を見ながら、確認をした。
「宜しくお願いします。」
昭は、そう言って、華の顔を見ると、華は、笑顔を見せてはいるが、緊張で、笑えていなかった。
「じゃあ、頑張って。」
昭は、華の手を握って、ストレッチャーが、遠ざかるのを見送らながら、
「頑張れよ!」と、心の中で、祈った。
手術の時間は、大体5〜6時間と聞いていたので、待合室で、ずっと待っていたが、3時になっても一向に連絡が無い。日もとっぷりと暮れて夜の9時になった。
やっとストレッチャーと、服部先生が現れた。
「大変お待たせしました。今はまだ、意識が朦朧としていますが、相手の事はわかると思いますので、顔を見てあげて下さい。」
そう言われて、顔を覗き込むと、微かに笑みが溢れた。
少しホッとした昭が、先生の方を見ると、「病室で説明しますから、どうぞ。」と言って、一緒に病室まで付いて行った。
病室でストレッチャーを固定し、服部先生と、昭と、2人の看護師さんを残して、ドアを閉めた。
向かい合った先生が、「長かったので、心配されたでしょう。
結論から言います。手術は、無事終了しました。」
昭は、その言葉を聞いて、ひとまずホッとした。
「実は、レントゲンでもお見せした、大腿骨の穴の部分が、弱かったので、急遽、臀部の骨を取って、それで、弱くなった骨を補強して、臀部の骨と、股関節の骨の繋ぎ目を少し回転させて、極力負担が掛からない所へ据えると言う、思い切った手術を施しました。
それで、時間が掛かったわけですが、将来的に、継いだ部分は、強くなるので、返って、穴の部分も埋まってくればいいかな?と思います。
これは、あくまでも、希望的観測ですが、今までの状態だったら、完全に車椅子生活になっていましたが、このまま、上手く骨が再生してくれれば、リハビリで、何とか長持ちしてくれると思います。」
それを聞いた昭は、思わず、目から、温かいものがこぼれてくるのを、拭う事も出来なかった。
「ありがとうございました。それで、これからは、どうすれば宜しいんでしょう?」
「本来なら、どこの病院でも、入院は、2週間と決まっているのですが、今回は、大変特殊なカタチですので、リハビリも、出来る限り、私の目の届く、この院内でやって行きたいと思いますので、2ヶ月間、こちらで入院していただき、リハビリも頑張って頂きたいと思います。
「そうですか、そうして頂いたら有難いです。」
服部先生の好意もあり、華は、2ヶ月間、大学病院に入院する事が決まった。
その日の夜は、昭が、個室の病室にベッドを運んで貰い、一晩中看護をした。
翌朝、うたた寝をしていた昭が、「おはよう。」と言う、華の元気な声で起こされた。
「あっ、おはよう。痛みは?」
「それが、全然無いの。凄いね。それより、寝てないんでしょう?少し寝れば?」
「いや、ええよ。良かった良かった。痛みが無いとは。」
「それより、私は大丈夫だから、お仕事行って来て。」
「分かった。又来るけん。」
そう言って、昭は、各店舗を回る為に、病院を出て行った。
他の人には、華と付き合っている事も、当然、入院の事も言っていなかったので、各店舗では、いつもと同じ態度で指導をして、さて、帰ろうかな?と思ったけど、再び、病院へと走った。
病室に着くと、突然の事に華がビックリして「えっ、どうしたの?何か忘れ物?」
「いや、どうかな?と思うて。」
「今日の今日よ。アレから変わらないわよ。それより、お仕事忙しいんじゃないの?こちらは、完全看護だから、大丈夫よ。だったらちょうど良かったわ、1日2リットル以上のお水を飲まないといけないって言われてるので、売店に行って、お水を買って来てくれない?今日は、看護師さんが買ってきてくれてるんだけど、車椅子になるまでだけど、気の毒で。」
「分かった。チョット待ってて。それから、内臓の病気じゃ無いんやから、何食べてもええん?」
「その事は何も言われてないから、いいんじゃない?だったらポテチ食べたい。」
「分かった。」
昭は、下の売店で、2リットルの水6本入りの箱と、ポテチ3袋を買って、病室に戻った。
「重かったでしょう。やったーポテチだー。」と言いながら、袋を開けだした。
「それじゃあ、俺帰るわ。」
「うん、そうね、帰りの車、気を付けてね。それから、そんなに来なくて大丈夫だから、何かあったら電話するからね。」
昭は、帰り道、明日も来よう。と、心に決めた。
翌日、各店舗を周り、再び病院へと行った。
昨日までは気が付かなかったが、エレベーターを降りたところが、看護師の詰め所で、どうしても、その前を通らないと病室へ行けないので、その都度、挨拶をするようになる。病室のドアを開けると「今日も来てくれたの?」
「そうや、どうや?」
「うん全然平気、でも先生がね、明日から歩く練習と、車椅子に乗る練習しなさい。って言うんだけど、早すぎると思わない?」
「ほう、早いなぁ、そやけど、そうせんと、血流が悪なるけんと違うか?」
「そうみたい。まっ、それは頑張るしか無いけど、やっぱり病院のご飯が不味くて。」
「そりゃしょうがないやろ、我慢せんと。」そうこう言っているうちに、お昼の時間になった。
「もう昼や。俺も売店で弁当買うてくるけん、一緒に食べよう。」
「分かった。待ってるわ。」
昭は、売店に行って、のり弁当を買って病室へ戻った。
既に病人食が来ていたが、華は「これ見て、こんなんよ。」と、昭に、トレーを見せた。「そんな言うほどじゃ無いじゃん、俺は美味そうに見えるでー。なんなら変えたろか?」「ホンマ?そしたら交換して。」
「分かった。」
2人で交換した昼ごはんを食べて、笑い合った。
次の日も昭は、病院へ行き、退屈だと言うので、クロスワードパズルの本を買って、暇な時間は、一日中謎解きで時間を潰した。
そんな日が続き、エレベーターから降りると、看護師さんとも顔見知りになり、「ご苦労様です。」と、声を掛けられるようになった。
ある日、華が、「ねぇねぇ、看護師さん皆んながね、遠野さん、峰岸さんて、何してる人?いつも派手なスーツで、凄い指輪して、セカンドバッグで、ここだけの話、その筋の怖い人?って聞くから、いいえ、洋服屋さんと、何店舗かお店をやってる社長さんよ。と言ったけど、本気にしてないみたい。」
「そうか、そりゃしょうがないやろ。」そういった日が続いて、華も車椅子の生活になった。
昭は、朝から焼き飯と、卵焼きを作って、病院へと向かった。
病室で、「はいよ、今日の昼メシ。」と言って渡すと、「えーっ、作って来たの?」
「作らんかったら、こんな見た目の悪い弁当無いやろ。」そう言って、「ホラ、食うてみ、味は保証出来んけど。」
華は、昭が、昔から料理するのは知っていたので、「美味しい、美味しい。」と、言いながら、完食した。昭も病院のご飯を完食した。
1階まで降りて、裏の駐車場の自分の赤いアルファロメオスパイダーに乗ろうと、華の病室がある5階を見ると、窓から華が手を振っていた。
昭は、2ヶ月間1度も欠かさず、病院を訪ねていた。