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今宵も星は、黙して灯る  作者: 七瀬 尚哉
16/19

第二の人生

M21のボランティア活動のチャリティーバザーも、8年続き、毎年100万円の寄付を、慈恵会に送り、その度に、子供達からは、お礼の手紙や、写真が送られて来ていたが、チャリティーバザーの噂が、世の中に知れ渡り、その頃からフリーマーケットが流行り出した。

そのニュースを察知した昭は、緊急会合を開き、M 21のチャリティーバザーを終了する事を提案し、中止が決定された。

8年間やって来たボランティア活動の幕引きで、次の行動を起こす気力も薄れ、洋子と別れ、一人暮らしの昭は、相変わらず兄の勝也と一緒に、四国4県を、洋服の営業で周り、松山に帰って、居酒屋で晩御飯を食べて、夜の街に繰り出し、明け方まで、スナック通いの日々が続いた。


誰にも遠慮する事なく、派手なスーツで飲み歩き、勝也と営業に行かない日は、1人で飲み歩く毎日で、冬場、夜の街に飲みに行く時には、カシミヤのベージュのコートにペーズリーのスカーフを巻いて、黒のボルサリーノハットを被り、夏場は白の上下のスーツに、白のストローハットを被って、両手の指には、オーダーで作ってもらった、右目がサファイア、左目がガーネットの宝石を入れたスカルの指輪を嵌めて、金の腕時計に、金のブレスレットを嵌めて歩くので、夜の松山の飲み屋街では、チョット有名になっていた。

この頃、カシミヤのコートが良く売れていて、昭が勧めるカシミヤは、縦糸も横糸も全てカシミヤ100%で、黒のコートには、水牛の釦、キャメルのコートには、鼈甲の釦、裏地は、シルク100%を謳い文句で販売していたので、金額は38万円と、高額だったけど、良く売れて、昭は、看板代わりに、自分も、派手なキャメルのカシミヤのコートを着て行くので、夜の街でも、人気になった。

不思議なもので、最初は、その格好が派手すぎて、恥ずかしかったが、慣れてくると、もっと派手に、もっと派手にとなるようになり、それが、普通になってきた。

そんな昭に、以前からの友人や、新しい仲間達が増え、毎晩のように飲み明かしている時に、音楽の話に花が咲き、バンドを作って、昔の曲をやろうか?と言う話しが盛り上がり、その場のノリでメンバーを集めて、35年ぶりに、バンドを組んだ。

リードギター、ドラム、ベース、ピアノの4人で、昭は、サイドギターとボーカルの5人編成で、バンド名は、(ザ、バロンズ)と言う名前にして、昔のグループサウンズや、オールディーズを中心に演奏を始めた。


友人の1人が、フィリピンパブを開いたので、そこで、週2回、定期的に演奏をするようになったある日、噂を聞いた、知り合いの社長が、

「峰岸君、実は頼みがあるんじゃけど、今度、中島でパーティをするんで、もし良かったら、中島のプライベートビーチのコテージで、演奏をしてくれんかなぁ?」と聞いてきた。

何処かで、自分達のライブを開きたいと思っていた昭は、「それは、面白そうですねぇ。で、どんな感じですか?。」

「いや、ワシの知り合いが、海を見ながらBBQをして、出来たら、バンド演奏があったらええなぁ、と、言うんで、良かったらやってくれんかなぁと思うて。

但し、ギャラは、払えんので、ノーギャラやけど、その代わり、BBQ食べ放題と、飲み放題で、離れのコテージに泊まって貰う費用は、全部、ワシが出すけん、どうじゃろう?」

「それは、僕の方こそやらしてもらいたいけど、皆んなの都合も聞かんといかんので、今週末には連絡します。」

「宜しく頼むわ。期待しとるけん。」

早速昭は、リードギターの片山さん、ベースギターの深川さん、ドラムの中井さん、キーボードで、女性の山内さんに連絡をすると、皆んな、「行く行く、土曜日と日曜日だったら、会社も休みやし、有給もあるけん、それと、プロじゃ無いけん、ギャラは、要らんわ。海を目の前にして演奏出来るなんか、夢みたいやわ。」そう言って即答してくれた。

当日、松山の高浜港から5人が、キーボード、アンプ、スピーカー、エフェクト、ドラム、マイク、マイクスタンド、PA、ギターを持ってフェリーに乗り、中島を目指した。

中島に着くと、社長の会社の社員の人達が、大きなワゴン車で迎えにきてくれて、コテージに到着した。

海岸には、個人の船着場があり、そこから、広い縁台が広がり、その縁台には、BBQが出来る囲炉裏が3台もあり、既に、BBQの用意がされていた。

昭達は、早速、楽器を配置して、リハーサルを始めた。

その内、大きな楽器の音で、大勢の人達が集まってきて、みるみるうちに、縁台は人で埋まり、周囲にも人の輪が出来、200人位の人が集まった。

「おい、こんなに来るんだったんか?」ドラムの中井さんが、驚いた顔をして、昭に尋ねた。「イヤ、俺も知らんかったけど、コリャ、気合い入れんといかんなぁ。」

そう言って、パーティが始まった。

「えーっ、本日は、皆さまお忙しい中、沢山お集まりいただき、ありがとうございます。

今宵は、日頃の忙しさを忘れて、思う存分食べて、飲んで下さい。

そこで今日は、松山から、私の友人で、ザ、バロンズと言うグループで、懐かしい、昔の曲を演奏して貰うために、来ていただきました。

皆さん、盛大な拍手でお迎えください。」

その紹介で、ザ、バロンズのメンバーが、ステージに上がった。

「こんばんわー。今日は、これから、懐かしい曲を演奏しますので、是非一緒に歌って、踊ってください。それでは、まず第一曲スパイダースの夕陽が泣いているから。」

「おぉー。」

丁度、夕陽が沈むタイミングで、皆んなも懐かしみ、演奏と昭の歌に聞き入った。

日本のグループサウンズや、洋楽、オリジナル曲を入れて、全部で、12曲。

全てが終わると、割れんばかりの拍手と、皆んなが、グラスを持って来て、「お疲れさん、先ずはまぁ一杯。」と言って、グラスに波なみとビールを注いでくれた。

その時に1人の男性がステージに上がり、マイクを持って「いやー、素敵な演奏ありがとう。

感動しました。これは、私からの、ささやかなお礼です。どうか受け取ってください。」

そう言って昭に封筒を渡した。

「えー、ありがとうございます。それでは、遠慮なく頂きます。」そう言って封筒を受け取り、BBQを食べながら、夜遅くまで飲んで、12時になった頃には、宴もお開きになり、昭達も、コテージへと、帰って行った。

帰り道、空を見上げると、島の空には、満天の星が光り輝き、昭は、それを見ながら、ヨシ、これからは、自分の人生を生きていこう。もう2度と結婚はしないぞー。と、心に誓い、コテージに帰り着いた。

コテージのリビングで、封筒を開けると、中に5万円が入っていた。

「おー、すご〜、1人1万ずつや。」そう言って、皆んなで山分けして、心地よい眠りに着いた。


それからの昭の仕事は相変わらず、昼の洋服の営業と、リフォームの2店舗の経営、夜は飲み歩くか、バンド活動とで、忙しく動いていた。


リフォームの店は、極力、昭が行かなくても運営が出来るように教育をしていった。

そのやり方とは、店長から連絡が入り、お客様からのクレームや、どうすれば良いのかの相談の時は、

「そんな事でいちいち俺が店に行くわけには行かんだろう?俺が1店舗か、2店舗しか経営してないから、どうしましょうか?とか、無責任な事を言えるんだ。俺がもし、日本全国に何店舗も持っていたら、いちいち各店舗に行けるわけないだろうが?それは、自分達が、俺に雇われているからだと思っているからそう言う言葉が出るんだよ。自分が経営者だったら、誰に相談するんだよ。あんた達は、甘いんだよ。

俺が出るのは、いかに、あんた達の仕事がやりやすく出来るか?このスーパーと、話し合って、努力するのが俺の仕事なんだから、ましてや、自分達が蒔いたクレームを、現場を見てもいない俺が解決出来るわけ無いだろう。自分がここの経営者だったらどうするか?常に考えて居ないから、そう言う甘い相談を俺に持って来るんだよ。その為に、全員、出来高制にしてるやろ?皆んな、1人1人が経営者だと言う事を、良く考えなさいよ。」

そう言うと、なるほどと言う顔で、皆んな黙々と仕事をする様になったので、昭の出る幕は少なくなり、売り上げも伸びていった。


たまに、巡回に行くと、白いものを縫った後に黒いものを縫う時に、白糸から黒糸に変える職人さんが、糸が変えやすいように、長く引っ張って糸を切るので、

「アンタ、この糸代、俺が払ってるんだよ。そんなに長く引っ張って糸を切って、余った糸を捨てるの、勿体無い事ない?前にも言ったけど、アンタが経営者だったら、そんな無駄な糸の切り方せんやろ?そんなとこから考えんと、商売言うのは、金が残らんよ。」

「分かりました。すみません。」


洋服の生地も変わってきて、Gパンなどは、昭が知っている頃のGパンは、硬くて、伸び縮みのしない生地だったのが、近頃は、スキニージーンズと言う物が流行り、裾上げをするのに、ミシンの押さえがねと、Gパンの間に、硬いテープを挟んで、生地を引っ張らないで縫わないと、裾がヨレヨレになって、製品にならなくなり、普通のGパンの裾上げよりも、時間が掛かり、難しくなってきた。

縫製の仕事と言うものは、年寄りが多く、ある日、昭が巡回に行った時に、年配の職人さんが

「社長、私もう辞めさせて貰いたいんですけど。」と、言ってきた。

「どうしたん?急に。」

「最近の生地は難しくなって、もう私は縫えないし、もう歳だし、でも、この仕事は好きで、ここの皆んなにも良くしてもらって、辞めたくは無いんですけど、今の素材には付いていけないので、辞めさせて下さい。」

「あっそう、ほしたらアンタは、生まれた時からミシン踏みながら産まれてきたん?」「いいえ。」

「ミシン、練習してきたけん、今のアンタが有るんやろ?ほしたら、今からでも練習したら?」

「それでも、もう、歳やし。」

「歳じゃ歳じゃ言うて逃げんといて。俺、そう言うの大っ嫌いなんよ。アンタには関係無いかも分からんけど、俺なんか、今またバンド組んで、新しい曲やってるんや。楽譜見て、喋れもせん英語の歌詞覚えて。人間やる気になったら、歳なんか関係無いよ。やってみてみ?」

「そうよ、そうよ関口さん、アンタなら出来るよ。」と、横から店長も、応援した。

関口さんは、泣きながら、

「私は、この仕事が好きなけん、もう一回だけ頑張ってみよか?」

「そうそう、そのイキ。ファイト。」そう言うと、関口さんは、自分のミシンに向かった。

30分後「社長、見てください。何とか出来ました。」と、関口さんが、喜び一杯の笑顔で、昭に、Gパンを向けて報告した。

「ホラ、出来たやん。アンタの今の笑顔、メッチャええよ。その笑顔、忘れんとき。」それからの関口さんは、何でも難しいものをこなせるようになった。

その時彼女は70歳だった。


又ある時、受付の女の子から泣きながら電話が掛かってきた。

理由を聞くと、スーパーのインテリア売り場のカーテンの裾上げを、売り場の主任が、下から12cm切るようにと、指図があった。

不思議リフォームと、売り場での、最初の約束では、カーテンの裾上げは1番上から何センチの仕上げと言う指図をするようにと取り決めていた。何故ならば、最初からの既製品のカーテンは、裾の長さが、一定にできていない時が多いので、下から何センチと言う指図で切ると、長さが違う場合があるので、必ず、上から何センチの出来上がりに仕上げると言う取り決めがあった。それを主任が、「下から何センチ切ってくれ。」と言って持ってきたので、受け付けが、「ルールが違うので、後からお客様からクレームになるから、もう一度、上から測り直してください。」と言うと、「お前、俺の言う事が聞けんのか?そんなんだったら、こんな店閉めてしまえ」と言われたので、悔しくて悔しくて、たまらず電話をした、と言う事だったので、昭は、急いで売り場に行って、主任を呼んで貰った。

主任は、昭を見ると、「私の言うことを聞いてやればいいんですよ。」

「でも、最初に取り決めしてるでしょう?」

「そんな事はどうだっていいんですよ。あなた方は、私が言う通りにすればいいんですよ。」

腹が立った昭は、

「分かりました。じゃあ、今日限りで、この店は閉めます。私は、アンタ達より、ウチの従業員の方が大切ですからね。ふざけてもらったら困りますよ。さぁ、皆んな皆んな、今日限りでこの店閉めるけんな。

心配するな、お前らの食いぶちくらいは、何とでもしてやるけん。冗談じゃ無いよ。さぁ、片付けしようぜ。」

それを聞いた店長が、「社長、それは、あんまり。」

「ええよ、ええよ。こんな分からずやの主任がおるとこなんか、どうでもええやん。」

すると、それまで黙って、驚いて聞いていた主任が

「いやいや、そこまで言われても。」

「そうじゃ無いですか?アンタは、ここのスーパーで給料貰ってるんだから、勝手にすればいいでしょう?俺は、この店の従業員は、俺の家族なんだから、その家族は、俺が守らせて貰いますわ。」

「いやいや、私も、言い過ぎました。それでは、そちらの言うやり方でやって下さい。」「はい、分かりました。と言う前に、ウチの受け付けに詫び入れて下さい。どんなに悔しい思いをしたか。そうすれば、もう、今日の事は水に流します。なっ、それでええやろ?」

「はい。」

主任が、頭を下げて

「どうも、すみませんでした。」と言って、一件落着した。


愛媛県では、小、中学校、高等学校の卒業、入学式には、校長先生は、モーニングを着るのが慣わしになっている。


この不思議ミシンをするまで、それは、全国の学校は全て、同じで、卒業式、入学式には、モーニングを着ているものだと思っていた。

なので、何の疑いもなく、それまでは、新聞記事の移動発表を見て、来年度、校長先生になられる教頭先生の家に行き、モーニングを勧め、入学式までに間に合わせるように、慌てて仕上がるように、職人さん達にも待機をさせて販売をしていた。

モーニングは、特殊な形なので、職人さんでも、縫える人と、縫えない人がいるので、新聞発表から2週間ほどしか無く、大体、そろそろ校長先生になられるんじゃ無いかな?と言う家も廻って販売を試みていた。

縦縞のズボン、ベスト、モーニングコートの3点セット25万円が相場で、結構高額な商品だったので、教頭先生1人の決断では決まらないので、夜、食事が終わった頃を見計らって自宅を訪ねて、奥様と一緒に話しを聞いて貰うようにしていた。

中には、いずれいるだろうからと、デパートで購入している人もいて、昭は、ふと考えた。

(俺が店を出している全国チェーンのスーパーには、スーツは置いているけど、確か、モーニングを展示しているのは見た事ないし、不思議ミシンにも、モーニングのズボンの裾上げは、見た事ないぞ?)

そう考えると、マネージャー室に行き、マネージャーと相談をした。

「堤マネージャー、おはようございます。」

「あぁ、不思議リフォームの峰岸さん、今日は、何の用ですか?」

「実は、ご存知の通り、私は、紳士服のオーダーの店もしていて、毎年3月末には、学校の人事異動があって、その時に、教頭先生から校長先生になると、入学式に、校長は、必ずモーニングを着ないといけないけど、ここでは、モーニングを展示販売している様子がないのはどうしてですか?」

「えーっ、そんなしきたりが有るの?私は、東京育ちだけど、東京では、校長先生がモーニングを着ている姿なんか見た事無いですよ。」

「そんなぁ。ここでは、校長は、皆んなモーニングですよ。」

「チョット待って、紳士服売り場の店長にも聞いてみよう。」そう言って、紳士服売り場の馬場店長を呼んで、ことの経緯を聞くと、馬場店長も、

「私も聞いた事無いですなぁ。転勤で、色んな県にも行きますけど、そんな話しは聞いた事無いですわ。ひょっとして、愛媛県だけじゃ無いんですかねぇ。」

「それで、どうしたんですか?」

「いや、もし、その気が無いのなら、その期間約2週間ですが、私に、ラックを3本だけ貸していただいて、モーニングを販売させて頂けないでしょうか?当然、商品は、私が委託で揃えて、売上の10%は、差し上げます。お客様が見えられたら、電話下さい。私が直ぐに飛んできて、接客もします。その代わり、納品は、私にやらせて下さい。如何でしょうか?」

「そうだなぁ、ウチには、モーニングを仕入れるルートも無いし、別に、ウチの人員が取られる訳でも無いし、全て峰岸さんがやってくれるんだったら、ラック置くコーナー位、2週間何とかなるだろう?店長。」

「はい、それはもう。ウチの方としても、別に手間がかかる訳では無いので、大丈夫です。」

「それじゃあ、やってみるかね?その関係で、他の物が売れる可能性も有るし。」と、言う事で話が決まり、昭は、早速問屋さんに連絡して、3月初めには、モーニングの3点セットを30セットほど送って貰った。


3月20日には、松山から南予までの、小、中学校、高等学校の教頭先生全員に、(松山市内の、全国チェーンの大手スーパーで、モーニングの展示販売を行っています。期間は、3月20日から4月10日限定です。)と書いた手紙を郵送した。

お客様が来るか来ないか分からないけど、来たら即対応しなければいけないので、この20日間昭は、スーパーの近くからは、遠方には行かず、近くで、商売をするようにしていた。

3月26日、人事異動が新聞で発表されると、早速、スーパーの紳士服売り場の店員さんから昭に連絡があり、昭は、急いでモーニングのコーナーへと向かった。

「こちらのお客様がお待ちです。」

「あぁ、恐れ入ります。」

「初めまして、私は、学校生協指定店のテーラー峰岸です。今回、この場をお借りしまして、モーニングの展示販売をさせて貰っています。今日はモーニングでしょうか?」

「そうなんです。デパートへ行こうか?と思ったんですけど、丁度こちらに用があったものですから。」

「そうですか、こちらは、既製品ですけど、オーダーもございます。」

「1年に2回しか着ないので、そんな良いのは要らないので、既製品で良いかな?と思って。」

「そうですか、オーダーだと、25万円しますが、既製品だと、12万円です。」

「そんなに違うんですか?何処が違うんですか?」奥さんが熱心に聞いてくるので、

「既製品は、機械で縫うので、どうしても型崩れが出てくるのと、体型が変わって、太っても直す事が出来ません。ですが、オーダーは、全て手縫いですので、型崩れがし難いのと、多少太っても直す事が出来ます。長い目で見ると、オーダーの方がお得ですけど。」

「そうねぇ、でも、今度は遠方の学校への勤務だから、電化製品とか、物入りなので、既製品で、いいわ。」そう言って既製品を試着して、購入された。

ズボンの裾上げと、ネーム入れが有るので、「それでは、明日、ご自宅へ私がお届け致しますので、こちらのご住所で宜しいでしょうか?」

「いえ、ウチは遠いですから、待ってて出来るんだったら、今日持って帰りますけど。」

「いえ、大事な記念の品物ですから、私が責任を持ってご自宅へお届け致しますので、ご安心ください。」

「そうですか、宇和島ですから、ここから2時間くらい掛かりますよ。」

「大丈夫です。商売で、愛媛県内毎日走っていますので、慣れていますので。」

「そうですか、分かりました。それでは、お願い致します。」そう言って、既製品のモーニングが売れた。

直ぐに、不思議リフォームで、裾上げと、ネームを入れて、次のお客様の対応に掛かる。

そんなこんなで、その日は、7着のモーニングが売れた。そのうちの2着は、お客様がご自身で持って帰ったが、残りの5着は、昭が、配達する事に決まった。

それは、昭の作戦でもあった。

翌日、1番目の、宇和島のお客様の家を探して、夕方6時頃に到着して、玄関のベルを鳴らすと、直ぐに返事が有り、座敷に通された。

「遠路はるばるお疲れ様でした。ありがとうございます。」

「いえいえ、これも仕事てすから気にしないで下さい。取り敢えず、お召しになってみてください。」

そう言ってモーニングを着てもらった。

「アラお父さん、よく似合うわよ。」

奥さんが、出世したご主人の晴れ姿を見て、喜んで言った。

すかさず昭が、「これは、私からのプレゼントです。」そう言って、モーニング用の黒とシルバーのストライプのネクタイをプレゼントすると、

「アラ、ネクタイまでサービスして頂いて、ありがとうございます。」と、喜んでくれたので、「ところで奥さん、夏の礼服はお持ちでしょうか?」

「夏の礼服ですか?いえ、冬の礼服は有りますけど、夏も別にいるのですか?」

「はい、冬の礼服だと、夏の結婚式とか、御不幸事とかは、暑いでしょう?特に校長になられたら、お仲人とか、お付き合いのお葬式とか多くなりますので、夏専用の礼服を揃えられる方が殆どなので、この際、揃えられたら如何ですか?」

「でも、今は物入りだから、幾らするの?」

「やっぱり、夏物は、ウールは暑いので、キッドモヘヤと言って、モヘヤでも、若いモヘヤ種の毛を使っていますので、細くて軽くて、風通しが良いので、皆さん、重宝されています。」

「幾らするの?」

「こちらは、舶来になりますので、チョットお高いですが、23万円です。」

「イヤー、そんな高いものは買えませんわ。」

「ところが、私は、学校生協の指定店ですから、20回の分割で、ボーナス併用すれば、月5千円で、給料天引きなんです。しかも、金利は一切かかりません。」

「えーっ、そんな事が出来るの?」

隣にいたご主人も、「確かにこれから付き合いも増えるし、分割で、金利なしで、給料天引きだったら、良いんじゃないか?」と言い、2人揃って、喜んで注文してくれた。

モーニングの納品に行くと必ず、別のスーツも売れる。これが昭の作戦だった。

お客様も、昭も、両方共がプラスになる商売のやり方だった。


スーツの商売、リフォームの店も、売り上げが伸びてきて、昭は、念願だった車、アルファロメオスパイダーを購入した。

それは、昭が、高校2年の時に見た映画

(二人だけの夜明け)と言う、フランスとイタリアの合作映画で、その時に、主人公の若者が乗っていた、真っ赤なアルファロメオスパイダーが、カッコよくて、自分も、大人になったら、金儲けをして、同じ車、真っ赤なアルファロメオスパイダーを買おうと決めていた夢を、やっと実現できた。

左ハンドルのミッションで、仕事では、当然派手すぎるので、休みや、バンドライブの時には、颯爽とそのスポーツカーで、乗りつけていた。

そんな生活をしていると、欲望というものは、もっと、もっとと、湧き上がり、それよりも上を望むようになって行った。

そんな時に、昭が以前、直接交渉して、不思議リフォームを出させて貰った地元のスーパーが、郊外に、とてつもなく大きなスーパーを出店する話しを聞きつけた。

どうしても、その店にもリフォームの店を出したい昭は、地元にも不思議リフォームを出している、全国チェーンの本部に、地元スーパーの今回の大型店出店の情報を伝えて、是非そこにも、不思議リフォームを出させて欲しいと、伝えた。

ところが、上司の話では、昭が出店して以来、その地元のスーパーとの関係がギクシャクしているので、今は、そんな状態では無い。と、断られた。

そんなバカな、千載一遇のチャンスをみすみす逃す手はないと思い、東京まで出かけて、本部の上司に直接掛け合った。

「部長、どうしてダメなんですか?今でも、私がやっているそこのスーパーの不思議ミシンの売り上げは、結構良いじゃないですか。今度の店舗は、もっともっと大きいんですよ。売り上げも、もっと伸びますよ。」

「それはそうだろうけど、上がOKを出してくれないんだよ。

だから、ウチからは交渉に行けないんだよ。」

「そんなー。だって、相手は、大きいと言っても、地方のスーパーですよ。コッチとは桁が違うでしょうよ。」

「そりゃそうだけど、会社が、ウンと言わないと、動けないんだよ。」

昭は、考えた挙句

「そしたら、私が直接交渉して、もしOKが出たら、考えてみてください。もし、それでもダメだったら、私が個人で店を出しますので、それでいいですね?」

「まっ、それは、峰岸さんの勝手だから、勝手にやって下さい。だけど今のところでは、難しいです。」

「分かりました。」

という事で、昭は、東京から帰るなり、その地元スーパーの部長に、面会のアポを取った。

その時の地元スーパーの杉崎部長は、以前からの顔馴染みで、不思議リフォームの本部での話し合いを包み隠さず話すと、

「そうですか。イヤー、それは上の話しで、私どもとしましては、気にしていないんですが。

それはそれとして、もし、不思議リフォームさんがダメだと言う事になっても、峰岸さんの方で、やりますか?

その代わりそうなると、結構、お金が掛かりますよ。」

「どれくらい掛かりますか?」

「先ず、テナント出店料として、ウン千万、それから家賃と、改装費で、かれこれ掛かります。」

「そうですか。不思議リフォームがやるのであれば、全て、不思議リフォームの本部がやってくれるんですけど、まっ、その時は何とかします。」

「そうですか。でもウチとしては、出来れば、不思議リフォームさんとの契約でやらして欲しいんですけどねぇ。その辺のノウハウが有りますから。」

「確かに、言われる通りですね。分かりました。それでは、こちらではOKだと伝えても宜しいですね?」

「はい、それはもう、私もそうなれば、会社を説得しますから、大丈夫です。」

「ありがとうございます。ところで、オープニングは何か企画を考えておられるんですか?」

「一応、芸人さんを呼んだり、アニメの着ぐるみパフォーマンスを考えてはいますが。」

「それだったら、私は今、バンド活動もしていますので、良かったら、オープニングで、私たちで、オールディーズのライブなんかどうですか?今は、お年寄りも多いから、昔のグループサウンズの曲なんかやると、結構人が集まると思いますけど。」

「オールディーズですか?それは、面白そうですねー。何人くらいで、ギャラは幾らくらいですか。」

「5人編成で、当然ギャラなんかは、素人ですから頂きません。良かったらご検討ください。」

「分かりました。」

その答えを持って、昭は、再び、東京へと急いだ。

不思議リフォームの部長は、

「そうですか、先方はOKしましたか。分かりました。それでは、私の方も、上に話をして、交渉してみます。ご苦労様でした。」

そう言われた昭は、松山へ帰って、部長からの連絡を待つことにした。


それから3日後、不思議リフォームの部長と、専務が松山にやって来た。

昭は、自分が交渉した先日の地元スーパーの新規開店のテナントとして、昭の経営と、具体的な話し合いが始まると思い、料亭を予約して待ち受けた。専務とも良く一緒に飲食をした中なので、入って来た途端に、

「お久しぶりです。お疲れ様。どうぞどうぞ。」そう言って席に案内した。

テーブルには、オコゼの唐揚げや、縞鯵の刺身や、ほごの煮付けなど、瀬戸内海の新鮮な魚が並び、超辛口の冷酒を持って、昭からお酌をした。

「先ずは、一杯、どうぞ。」

そう言って冷酒の瓶を差し出して、それぞれのグラスに注ぎ、乾杯をした。

一口飲んでから、専務が、「峰岸さん、先日の話、我が社でやる事に決まりました。」

「そうですか、良かった良かった。」

「それで、実は今晩部長と私がお伺いしたのは、言い難いんですけど、今回の店舗は、前の奥様の洋子さんに、やっていただく事に決まりましたので、その報告に来させて頂きました。」

昭は、一瞬、聞き間違えたのか?と思い、

「はっ?何ですか?」と、聞き返した。

「誠に申し訳ないんですが、洋子さんにやっていただく事に決まりましたので、お聞き届け頂きたくお願いにあがりました。」

「チョット待ってください。この件は、オタクの会社が、交渉できないから、私が交渉して、成立したら、私が経営すると、約束したじゃないですか。どう言う事ですか?」

「本当に申し訳ないんですが、洋子さんの所には、あなた方のお子さん、詩乃さんと、尊さんも手伝っていて、店舗が足りないので、是非やらせてくれ。と言う事だったので、会社の方でも、昭さんは、1人で2店舗されているので、ここは、洋子さんの方に任せようと決まりましたので、何とかご理解頂けたらと思うのと、この事はもう、会社で決まったので、仕方ない事なので、ご了承下さい。」

「それじゃあ、俺は、何の為に走り回って営業したんですか?」

「そこは、本当に申し訳ありません。その代わりと言っては何ですが、近々東京も、大きく様変わりしてくるので、その時には、大きな店を見てもらいますので、今回のところは、ご理解頂けたらと思います。本当に申し訳ありません。」

昭は、アホらしくなって、

「もういいです。話はそれだけですか。それじゃあ、俺は、帰ります。」

そう言って店を出た。

昭は、腹が立って、腹が立って仕方なかったけれど、これが世の中の卑しい、汚いところだと思い、不思議リフォームの2店舗を辞めようか?と思ったが、今辞めると、スーツの売り上げだけになり、金融機関からの借金も有り、自分が住んでいるビルの借金もあり、払えなくなるので、仕方なく続けざるを得なかった。

その影響で、別れた洋子や、娘の詩乃、尊とは、一切連絡しなくなった。




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