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第5章

 ひょこっ、と厨房の扉から顔を出したのは、三人目のメイドだった。


 ふわふわの蜂蜜色の髪を、頭の高い位置でツインテールに結んでいる。

 大きなエメラルドグリーンの瞳は、少し眠たげで、どこを見ているのか分からない。


 幼さを感じさせる、まるっこい輪郭。

 エリナの「爆乳」、スズネの「スレンダー」とはまた違う、小動物的な愛らしさと、守ってやりたくなるような儚さを兼ね備えた少女だ。


 彼女のメイド服は、エリナやスズネのものとは違い、淡いパステルピンクを基調としている。

 襟や袖口にあしらわれた過剰なまでのフリルとリボンが、彼女の妹的な魅力をさらに引き立てていた。


 その手に、美しいティーカップが乗った銀色のお盆を持っている。


「ご主人様、はじめまして。わたくし、マリー=フォルティアです。どうぞ、よろしくです~」


 ぺこり、と頭を下げるマリー。


「紅茶ですよぉ~。エリナちゃん直伝の、心がぽかぽかする魔法をかけておきましたから、どうぞです~」


 にこにこと、無垢な笑顔でこちらに歩み寄ってくるマリー。

 そして、次の瞬間。


 すてんっ!


 何もない、本当に何もない、床の上で、マリーは見事なまでに派手に転倒した。

 

「ひゃああっ!?」


 彼女の可愛らしい悲鳴と共に、銀色のお盆が宙を舞う。

 放物線を描いたティーポットから、熱い紅茶が勢いよく飛び出し――その液体は、まるで意思を持っているかのように、この場で最も不運な人物、スズネの身体へと降り注いだ。


「――ッ!? あっつ!?」


 ジュワッ、という音と共に、スズネの白い肌が蒸気で赤く染まる。

 そして、彼女が身に着けていた最後の砦である純白のショーツが、濡れたことで肌にぴったりと張り付き、下の地形まで透けて見えるようになってしまった。

 もはや、隠している意味がない。


 だが、悲劇はそれだけでは終わらない。

 転倒したマリー本人は、ぐるんと一回転し、俺の足元へと滑り込んできたのだ。


 その勢いで、彼女のパステルピンクのスカートが、無慈悲に、そして完璧に、めくれ上がる。

 そこには、小さなイチゴの柄がプリントされた、これまた純白の、恐ろしく可愛らしいパンツが、無防備な姿を晒していた。


 カオス。

 まさに、カオスという言葉がふさわしい。


 一人は胸を、もう一人は尻を。

 二人の美少女メイドが、揃いも揃って極上の下着姿を俺に披露している。


 俺の脳の処理能力は、とっくの昔に限界を突破していた。


 その、あらゆる理性が蒸発した空間で、スズネが、動いた。

 彼女は、わなわなと震えながらも、無理やり平静を装い、俺を射殺さんばかりの瞳で睨みつける。

 

「……いいですか、よく聞きなさい、この変態雄オス


 スズネは、深く、深く息を吸い込むと、はっきりとした口調で、衝撃の事実を告げ始めた。

 その姿は、半裸で紅茶まみれだというのに、不思議な説得力に満ちていた。


「第一に。わたしたちは、人間ではありません」

「……え?」

「わたしたちのような存在を、あなたたちの世界では、なんと呼ぶのでしたか……まあ、どうでもいいですね。とにかく、人間とは異なることわりで生きる、高次の生命体だとお考えなさい」


 目の前で魔法を使われ、今もなお、現実離れした美少女たちの痴態を拝んでいるのだ。

 否定する方が、どうかしている。


「第二に。このカフェは、単なる飲食店ではありません。ここは、あなたの住む『現世うつしよ』と、わたくしたちの住む『異界いかい』を繋ぐ、唯一の『扉』なのです」

「扉……」

「そして第三に……。あなたはその『扉』を開き、干渉する力を持つ、イレギュラーな存在……古より、『鍵持ち』と、そう呼ばれてきました。」


 鍵持ち。

 俺が?

 混乱する頭で、必死に言葉を反芻する。


 その時だった。

 

 俺の足元でうつ伏せになっていたマリーが、むくりと顔を上げた。

 その眠たげなエメラルドの瞳が、まっすぐに俺の顔を捉える。


 彼女は、こてん、と不思議そうに首を傾げた。


「あれ……? ご主人様、なんだか、とっても悲しくて、寂しい匂いがします……」

「……匂い?」

「はい。昔……どこかで……誰か、とっても綺麗な女の人が、同じ匂いをさせて、泣いていたような……?」


 マリーの呟きは、誰に言うでもなく、静かな店内にぽつりと溶けて消えた。

 スズネは眉をひそめ、エリナは心配そうにマリーを見つめている。

 

 なんだ? 今のは……。


 俺がその言葉の意味を考えるよりも早く、スズネが話を本題に戻した。

 

「……とにかく、あなたという存在は、あまりに危険すぎる。放置はできません」


 そう言うと、スズネは何もなかったはずの空間に、すっと手を差し入れた。

 すると、彼女の指先から紫色の光が溢れ出し、一枚の古びた羊皮紙パーチメントが、その手に具現化する。


 「ただし……」

 

 スズネは、その契約書らしきものを、俺の目の前に突きつけた。


「あなたには、この店の秘密を知った者としての『義務』と……そして、わたしたちを、あらゆる脅威から守る『責任』が発生しました」


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