表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第4章

 その声は、今までこの空間を満たしていた蜂蜜のような甘さを、一瞬で凍てつかせる絶対零度の刃だった。

 俺とエリナが同時に声のした方へ振り向くと、店の奥の闇から、カツ、カツ、と硬質なヒールの音を立てて、一人のメイドが姿を現した。


 エリナが「陽」であるならば、彼女はまさしく「陰」。

 腰まであるエリナの銀髪とは対照的に、そのメイドの髪は、光さえ吸い込むような濡れ羽色の黒。

 寸分の狂いもなく切りそろえられた、ぱっつん前髪の姫カットが、その人形のような白い顔立ちをさらに際立たせている。


 切れ長の瞳は、知性と冷ややかさを宿した深い紫色だ。

 鼻筋はすっと通り、唇は薄く、真一文字に結ばれている。


 エリナが豊満で柔らかな「曲線」の美しさを持つなら、彼女は鋭利で洗練された「直線」の美しさを持っていた。


 彼女が纏うメイド服も、エリナのそれとは一線を画す。

 胸元の露出は控えめで、首元まで詰まったスタンドカラーが禁欲的な印象を与える。

 

 スカートの丈も膝にかかるほど長いが、その分、体のラインにぴったりと沿ったデザインが、逆に彼女のしなやかな腰つきと、引き締まった脚のラインを雄弁に物語っていた。

 手には、純白のシルクの手袋。


 その立ち姿は、もはや「メイド」というより、女王に仕える近衛騎士団長のような、侵しがたい気品と威圧感を放っていた。


 その紫色の瞳が、俺を捉える。

 いや、捉えるというよりは、「観測」するという方が正しい。

 まるで、道端に転がる汚物でも見るかのように、彼女の瞳には一切の感情がなかった。


「……なぜ結界を通り抜けられたのです?  あなたのような下等な存在が、この聖域を汚すことは許されません」


 ひやり、と脳が凍るような、鈴の音のように透き通った声。

 だが、その言葉には、隠す気もない侮蔑と敵意が満ち満ちていた。


「ダメですよスズネ! この方は、わたしたちがずっと待っていた、大切なお客様なんです!」


 俺の前に立ちはだかるように、エリナが両手を広げて抗議する。

 スズネと呼ばれた黒髪のメイドは、そんなエリナを一瞥すると、ふん、と鼻で笑った。


「お客様?  笑わせないでください、エリナ。このオスからは、欲望と煩悩の、不潔な匂いしかしない。このような存在が『鍵持ち』の資格を持つなど、万に一つも有り得ない」

「そんなことありません! この方は特別なんです! 扉が、この方を選んだのですから!」

「偶然か、あるいは結界の不具合でしょう。いずれにせよ、イレギュラーは排除しなければなりません」


 スズネは、俺に向かって白手袋に包まれた指先を、すっと向ける。

 その指先に、パチパチ、と紫色の電光が走り始めた。


 空気がビリビリと震え、魔力とでも言うべき濃密なエネルギーが空間に満ちていくのが、肌で感じ取れた。


「力づくで追い出して差し上げます。ご安心なさい、痛みを感じる暇もありませんから」

「や、やめてください!」


 スズネが「排斥のバニッシュ・レイ」と静かに呟いた瞬間、彼女の指先から、眩いばかりの紫色の閃光が放たれた。


 まずい、死ぬ!


 そう思った瞬間、エリナが俺の前に飛び出していた。

 

「ご主人様は、エリナがお守りします!」


 彼女のその、健気で、そして無謀な行動が、ありえない奇跡を引き起こした。


 紫色の閃光は、エリナの身体に触れる寸前で、まるで硬い壁にぶつかったかのように軌道を変えた。

 いや、違う。光はエリナを避けるように、くるりとUターンし、術者であるスズネ自身へと猛烈な勢いで襲いかかったのだ!


「なっ――!?」


 スズネが驚愕の声を上げるのと、光が彼女の身体に到達するのは、ほぼ同時だった。

 だが、光は彼女を傷つけない。

 その代わり、まるで意思を持っているかのように、光は無数の小さな光弾に分裂し、彼女のメイド服の、特定の部分だけを狙い撃ちにしたのだ。


 シュンッ! ビリビリッ!


 鋭い音と共に、まず胸元のボタンが弾け飛ぶ。

 布地が左右に開かれ、純白のレースで縁取られた、慎ましやかだが、見事なまでに美しい双丘があらわになった。


 シュンッ! パララッ!


 続いて、スカートの留め金とサイドの縫い目が弾け飛ぶ。

 重力に従って、分厚い布地がはらりと床に落ちる。

 後に残されたのは、これまた純白の、清楚なデザインのショーツに包まれた、小さく引き締まったお尻と、そこからすらりと伸びる、芸術的なまでに美しい脚のラインだった。


「……」

「……」


 時が、止まる。

 目の前に広がるのは、彼女の無防備な姿。

 

 エリナの豊満さとは違う、しなやかで、引き締まった、アスリートのような機能美。

 白い肌は、羞恥のためか、ほんのりと桜色に染まっている。


「なっ、あ、ありえ……ない……!?」


 震える声で、スズネが呟く。

 その紫色の瞳は、信じられないものを見たかのように大きく見開かれ、潤んでいた。

 完璧なポーカーフェイスが崩壊し、羞恥と怒りと屈辱に染まった、一人の女の子の顔がそこにあった。


 スズネは、わなわなと震えながら、その怒りの矛先を俺へと向ける。

 その瞳は「殺す。貴様だけは、絶対に殺す」と雄弁に語っていた。


 これは、さっきよりもっとまずい状況になったんじゃないか?


 俺とスズネの間に、火花が散るような、張り詰めた沈黙が流れる。


 その、息も詰まるような静寂を破ったのは、またしても、店の奥から聞こえてきた、のんびりとした、間の抜けた声だった。


「わわっ、大変ですぅ~。スズネちゃんが、お洋服を脱いじゃってます~」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ