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09. 魔女の楔

前話に加筆しています。

継続して読んで下さってる方はご注意ください。

ʄʄʄ


きっかけは、挿絵が入った古い時代の本だった。


「本当は一度だけ婚約したことがあるんですよ」


ぽつりと魔女が言った時、わたしはそこに固まってしまった。


魔女と逢ってから長い月日が経っていた。


知りたい気持ちはずっとあった。あの時代に女性が独身のままでいることは滅多にない。だが事情があるとしか思えなかっただけに、これまで却って訊けずにいたことだった。

リスタが自分から話そうとしなかったことも事情の存在を裏付けているように思えたので、尚更訊けなかった。


そこで口を閉ざしたリスタは、扉の前で進むのか立ち去るのか、わたしに委ねたのだと思う。


その扉を開けて欲しいとは言われなかった。でも魔女は、少なくともその扉の前までわたしを招いてくれた。


一呼吸おいて、尋ねた。


「どうして結婚されなかったのですか」

「亡くなったので……戦で徴兵されて」


向かい合う席で、魔女は哀し気に微笑わらった。その笑顔を前に沸き上がった気持ちは、嫉妬としか言いようがない。


机に拡げられた本の中では、縫い物の手を止めた若い女性が目を閉じて、祈るように両手を胸に当てていた。


その日、魔法書を探す途中で偶然通り掛かった書棚。


わたし職員リスタを独占出来るのは基本的には本を探して貰っている間だけだから、古い魔法書探しは今も続けている。


棚に古代文字で記されているのが既に存在しないリスタの祖国の名前だと気が付いて、魔法書探しを中断して「見せてほしい」と頼んだ。

挿絵入りの古い本を数冊選んで貰ったのは、魔法図書館ここに来る前のリスタの姿を想像してみたかったからだ。


当時の暮らしぶりを偲ばせる絵の中に民族衣装の若い女性の姿を見た時、愛おしい思いが込み上げた。


リスタはその頃の思い出を語りながらしばらくページをめくってくれたが、その手がふと止まった。


そこに描かれていたのは、恋人を戦地に送る女性の絵だった。


かつて大陸の多くの国に存在した風習。女性達は出征する夫や恋人のためにお気に入りの服を断ち、自らの髪を中に閉じ込んで、剣を提げる紐を縫った。


きっとリスタもそうしたのだろう。



戦死した婚約者のために独身を貫いた……?



最初はそう思った。


だとしたらリスタは、どれだけ相手に想いを寄せていたのだろうと。



だが魔女に打ち込まれた記憶のくさびは、もっと深く残酷だった。


「でも彼が無事に帰っても、多分結婚はしなかったと思います」

「……?」

「他にも女性がいたんです。その女性が葬儀の日に彼そっくりの子供を連れて現れるまで、誰もそのことを知らなかった。彼の家族も。でもあの子は、彼が戦地に発つ前に生まれていたと思います。それから結婚も恋も考えられなくなってしまって――――――わたしも若かったのでしょうね………19歳でしたから」

「―――――――――――――」


戦地で散った男に同情の念がない訳ではなかった。


だが怒りと嫉妬は遥かにそれを上回った。胸に逆巻いたこの時の感情は、一言では言い表せない。


二人の女性の運命を狂わせたその男が最後までリスタに手を出すことがなかったのだとしたら、もしかしたらその男は、リスタのことが本当に好きだったのかもしれない。




――――――――そしてリスタは、そのことに気付いているような気がしたのだ。




果てが見えない書棚と光に包まれた迷宮で、魔女は弱々しく微笑んでいた。




せめてその男が生きて帰っていたら――――――――――傷はそれ程深く複雑にはならず、リスタは痛みを乗り越え、別の誰かと家庭を築いていたかもしれないとすら思う。



――――――――そうすればリスタは、もしかしたら魔法図書館ここに来ることはなかったのかもしれない。




「リスタ―――――――――」


魔女を魔法図書館ここに縫い留めているのだろう、くさびを砕きたかった。


口を開きかけた時、人の声がした。ほかの職員と来館者の姿が見えて言葉を飲む。


わたしは無言で、胸の前に手を当てる娘の絵に視線を落とした。


お読みいただきありがとうございます。

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