07. 魔女の秘密
窓を背にして立つリスタの表情が硬い。気軽に声を掛けられる雰囲気ではなかった。
「図書館を辞めようと思います」
後ろ姿のタウナ―がそう言うのが聞こえ、やや驚いた。退職の話をするためにひと気のない場所を選んだのかと思い掛けたが、そうではなかった。
「わたしと一緒に、図書館を出ませんか。リスタ」
予期していなかった事態に体が強張った。リスタを見やると、魔女も硬い表情のまま、タウナ―と向かい合っていた。
「人生の最期を随分先延ばしてしまいましたが、やはり図書館では生きている気がしない。わたし達の年齢では長くは生きないでしょうが、最期の時期を共にして貰えませんか。自慢ではないですが、十分に暮らして行ける程度には蓄えもある方ですよ」
タウナ―の言葉をわたしはその場に凍り付いたまま聞いた。
分かってはいた。望めばいつでも岸から降りられる彼らは自分とは違うと、分かってはいたのだ。
わたしはまた独りで岸に取り残されるのか―――――――――
――――――――――――――行かせたくない――――――――――――――
その時初めて胸に激しい気持ちが噴き上がった。
いつからこんなに。
初めて出逢った日から二年。もう失うことが考えられなかった。
だがリスタとタウナ―が並ぶ姿は自然で―――――――――二人のそんな姿を前に身じろぎも出来ない。
その時、ふとリスタの視線が動いた。視線の先がわたしを捉え、リスタは一瞬だけ目を見開いた。
はっとする。
今――――――――――――――――――――
迷宮がふいに色を変える。窓と図書館に夕陽の色が満ち、魔法の灯りが一斉に灯った。
「………あなたの話を伺う時間は、いつもとても楽しかったです」
タウナ―を見上げて、魔法図書館の魔女はそう告げた。
そして少しだけ、哀しそうな表情をする。
「…………でもわたしは、図書館に残ります」
「…………そうですか」
魔女が小さく頷き、タウナ―も頷き返す。老学者が食い下がることはなかった。
「あなたと過ごす時間はわたしもとても楽しかったですよ。どうかお元気で」
「あなたも」
礼を交わし合う二人を、わたしは身を強張らせたまま見つめていた。
老学者が振り返る。数歩歩いてから、彼はわたしの姿に気が付いた。結果として立ち聞きをしてしまったわたしを、タウナ―が咎めることはなかった。老学者はさっぱりとした表情をしていて、微かに黙礼してわたしの横を通り過ぎ、去っていた。
リスタと瞳が合う。
わたしと魔法図書館の魔女がそこに残っていた。
しばらく見つめ合った。
数秒の沈黙の後。
「お帰りですか?」
そう言って、魔女は弱々しく微笑んだ。
「リスタ―――――――――――――――」
名を呼ぶと彼女は俯き、沈黙した。
タウナ―の振る舞いは人として立派だった。リスタが彼の手を取ったとしてもやむを得なかったと思う程に。
リスタはどうして、五百年もここに留まっている?
タウナ―に答える前、リスタがわたしの姿に気付いた時。
勘違いないのなら、あの時――――――――――――――
あの時、リスタの中にもわたしの存在があると感じた。
――――――――――でもそれは、リスタが五百年ここにいた理由にはならない。
二度目の沈黙は長く続いた。
二人でただ立っていた。
本当は彼女を抱き締めたいと思った。
もしそれで、彼女の心に触れられるというのなら。
それからしばらくして、タウナ―が図書館を去った。
そして更に、数年が経った。