06. 魔女と魔法使いと老紳士
立ち尽くしているとわたしに気付いたリスタが、「まあ」と言って顔を綻ばせた。老紳士がその視線の先を追って振り返る。
彼もわたしのことを見覚えていたらしい。すぐにリスタに向き直った紳士は、
「いつもの客人ですね」
と言って微笑んだ。
「ではここで」
と告げて立ち去る様子を見せた老紳士だったが、彼はわたしの前で一度足を止めた。
「最近よくお通いですね。彼女は博識ですからな」
「――――――――――――――」
朗らかにそう言った紳士を、わたしは黙礼をしてやり過ごした。
全く気のせいなのかもしれないが、何か余裕を見せつけられたような気がした。
何歳くらいなのだろう。高齢だが背筋がまだしゃんと伸びていて、去って行く足取りが優雅だった。
「………彼は」
笑顔で迎えてくれたリスタに、ついにこりともせず尋ねてしまった。
「タウナ―さんと言って、とても博学な方です。図書館に来る前は学者をされていたそうですよ」
「――――――よく話をされるのですか」
「とても勉強になります」
頷くリスタは嬉しそうだった。
「――――――――――」
リスタが学問好きなのは分かっている。笑顔から目を逸らして俯くと、わたしはぼそりと呟いていた。
「わたしも学問は得意です」
「えっ」
何を張り合っているんだ。
リスタが困惑した表情をしている。
実際の年齢がどうでも、わたしの容姿は25歳で時を止めていた。タウナ―という老学者がリスタより四百年くらい年下だったとしても、彼女と並んで自然なのは彼の方だった。
自分の体のことを話せば、もう孫を見る目で見られなくなるんだろうか。
いつも必要もなく自分の体のことを話したりはしていなかった。今の家でもこのことを知っているのはオーディーだけだ。十年の内には片を付けるつもりでミラトルに来ていたから、必要のないことだと思っていた。
戸惑い顔のリスタと瞳が合う。
一度口を開きかけた。
だが結局思い留まった。
言ってどうなりたいというのか、自分でも答えられなかった。
ʄʄʄ
それからもわたしはリスタに本を探して貰った。
微かな逡巡はあったが、やっぱりリスタ以上に図書館に精通している職員がいなかったと言うこともある。
「絵本の会」を手伝い続けたこともあって、異性としてではないとしても、わたしとリスタの関係はそうして過ごした時間の分だけ深まって行った。
一方、リスタと親しくなった分だけ、わたしの中では老学者の存在感も大きくなって行った。リスタの近くでよく姿を見掛ける老学者は明らかに、他の職員よりもリスタに近く親し気だった。
本当に気のせいなのかもしれないが、もしかしたら向こうもこちらを意識しているのかもしれないと思うことがある。彼の視線に時折、「若造が」とでも言いたげなものを感じるのだ。
―――――――――――気のせいなのか。
「……職員の部屋はどうなっているのですか?」
以前からなんとなく気にはなっていたことがどうにも気になって仕方がなくなり出した時、リスタに尋ねた。
部外者は立ち入れない場所なので、職員の部屋のことは、わたしは詳しく知らなかった。
「小さな部屋ですが、個室ですよ。私物の置き場所が必要なので。寝る必要はないのですが、横になりたい時もあるのでベッドもあります」
書棚の低い場所から本を引き出しながら、リスタは答えてくれた。
「……職員同士で行き来することはあるのですか?」
「そうですね。一応男女で区画が分かれていますが、区画関係なく行き来はあります。ご夫婦で職員になっている方もおられますし………職員でいる間は子供は出来ないですが」
「………」
「―――――――部屋が何か?」
「いえ」
口を噤んでしまったわたしを、リスタは不思議そうに見つめていた。
しばらくして。
「今のは」
ふいにリスタが何かを言い掛けて、言葉を途切らせた。
わたしは瞳で先を尋ねたが、リスタは「いえ」と先刻のわたしと同じ言葉だけを口にして微笑むと、手にした魔法書を差し出してくれた。
ʄ
日が暮れ始めていた。
そろそろ帰ろう。
わたしが探す本は年代物である上に魔法書という特殊な物だったので、大抵ひと気が少ない場所にあった。その時も、辺りに全く人影がなかった。
魔法図書館では空間転移用の扉で周囲を取り巻かれた広場が要所要所に存在していて、その扉の一つは必ず出口に直結していた。わたしは広場の方向を目指して歩き出した。
と、人の声が聞こえた。
覚えのある声だった。
方向転換して幾つかの書棚の間を探した。そしてタウナ―と話すリスタの姿を見付けた。