53. リスタートとエピローグ
レベルゼがこの小箱に「からくり小箱」と名付けた理由が初めて分かった。
音と共に飛び出て来た木の台が箱の天面を覆うように止まり、その上に小さな人形が立ち上がったのだ。
床まで届く紺色の服に、紫色の頭巾を被った老女の人形。木彫りに見えたが驚く程に精巧で、まるで生きているかのようだった。
人形の台座から白い光の粒子が、霧のようにふわりと立ち昇る。
一拍の間を置いて、腰が大きく曲がった老女が左回りにくるくると回転し出した。
その回転を数回見守ってからようやく気が付く。
老女の背中が少しずつ伸び、服の色が明るくなっている。
いつしかリスタも光の粒子に包まれていて、光の中でリスタが人形に合わせるように若返って行った。
一度しか使えない魔道具。
この魔法を二度と見ることはない。
二十回回転する頃には人形の背は真っ直ぐに伸び、頭巾は消え、頭巾の代わりに淡い色の髪が女性の背中を覆っていた。
リスタ……!
わたしはリスタに治癒魔法を掛け続けていた。
あなたのお蔭であの場所から生きて戻れた。
あなたと共に生きるためにあの場所から戻って来た。
共に生きたい。
リスタ。
十回、二十回、三十回…………数十回くるくると回り続けた人形がぴたりと止まった時、台の上には白いドレスと薄桃色の貫頭衣を重ね着た、若い娘が立っていた。
息を詰め、腕の中のリスタを見つめる。
艶やかな肌に金色の長い髪。
体に温かさが戻っている。
二十歳のリスタは輝くように美しかった。
からくり小箱とリスタを包んでいた光の粒子が空気に吸い込まれて消えて行く。
かたん。
魔法が終わるとそんな音がして、宙に浮かべた箱から人形が台座ごと消えた。
後に残ったのは何も入っていない、ただ小さな木の箱だった。もう魔力もその箱からは感じない。
そしてゆっくりと、リスタが目を開けた。
「アル……?」
澄んだ声。その声にリスタ自身がはっとしていた。
「リスタ………」
「アルト…………?わたし…………」
恋い続けたひとの頬に左手で触れる。
「とても綺麗です」
「!」
息を飲んだリスタの頬にさっと朱が差した。本当にどきどきする程綺麗だった。
「間に合ってよかった……!」
体の底から息を吐く。周囲に人が集まり出していた。
「アルト…………呪いは…………?」
その問いに微笑んで応えた。
わたしの命を救ってくれたのはあなたなのだと話さなければ。
そして改めて求婚しなければ―――――――――そう思った時。
その言葉を先に口にしてくれたのはリスタの方だった。
「アルト。―――――――――――――わたしと結婚してください」
目を瞠る。
腕に抱いたリスタが真っ直ぐにわたしを見ていた。
返事の代わりに唇を重ねた。
わたし達の時はやっと重なったのだ。
ʄ
「人類史上最強の魔法使いレベルゼ」の魔道具はやはり見事だったと思う。
もうただの小さな容れ物となってしまった「からくり小箱」を、わたしはそっと背中の鞄に仕舞った。
その時には周囲に人だかりが出来ていて、わたしとリスタは拍手と歓声に包まれていた。
人間が空から降りて来たり若返ったりあり得ない光景だったと思うが、そんな異常現象は横に置き、推移を見ていた人々は若い娘の「求婚の成功」を祝ってくれたのだった。
驚きの表情で周囲を見回してから、リスタははにかむように微笑んだ。彼女を膝の上に抱くわたしも多分同じ表情だった。
まるで結婚式の祝宴だ。
リスタを腕に抱いて立ち上がると益々それらしくなった。
「アルト?わたし立てます……」
慌てた様子でリスタは言ったが、彼女の体はまだ弱っていた。
「休む場所を探しましょう」
それにもう少しこうしていたい。体が限界を迎えているのはわたしも同じだったが、彼女を降ろすことなくそう告げた。
ʄ
「おめでとうー!」「お幸せにぃ!」
「ありがとうございます!」
やがて陽気な人達の歓声に見送られ、リスタを腕に抱いたままわたしは近くの街を目指して宙へ飛んだ。
夏の始めの空は光に満ちていた。
空を飛ぶのは初めてだろうに、リスタは全く怖がる様子を見せなかった。
「まああ……」
感嘆の声を上げながら世界を見渡した青い瞳はきらきらとしていて、そんな姿が愛しくて、わたしは宙でも何度かリスタに唇を重ねた。
オーディーを心配させていると思うが、リスタの体になるべく負担を掛けずに帰ろうとすると、ミラトルに着くまでに宙を飛んでも五日は掛かると思った。
読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、ありがとうございます。
本作は次回完結です。
出来るだけ今日か明日には最終話を投稿したいと思います。
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