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52. 時を戻す

リスタ!!


胸の中で絶叫していた。


この規模の探査は大海原で一本の針を見付け出すのに近かった。


だがどんなに微かな気配であっても、わたしはリスタの気配を絶対に間違えない。

魔法図書館の魔女を十五年見付け続けた自信に支えられる。


息も出来ない程の極限の集中が続き、そして。



いた!!



微かな安堵と大きな絶望が同時に心を襲う。一度気付いてしまった嫌な予感はもう確信になろうとしていた。



あんなに近くまで来ていたのか。



リスタは後二日もあれば霧の森に辿り着けそうな場所にいた。


それはミラトルからは遥かに遠い場所だった。



「……!」



そのひとの命が消えようとしていると感じる。



「オーディー!!」



リスタを迎えに行く、数日帰れないと告げて、戻って来たばかりの家からわたしは飛び出した。



ʄ



想像以上に物理的な力を求められる魔法の闘いのために帝国魔法使いは体も鍛えなければならなかったし、祖国を去ってからも身体の鍛錬は欠かしたことがなかった。


だが不老不死だった五百七十年間は疲労も怪我もすぐに癒えたため、「限界まで体を駆使した」と感じたことがほとんどない。自分の体がどこまでの負荷に耐えられるのか、自分でも予測出来なかった。


でも今、一分一秒でも急がなければいけないと感じる。


音速で太陽に逆行して飛んだために、家を出て一時間も経たない内に夜になった。

地上に被害を出さないようになるべく高い位置を飛んだが、音と炎は隕石のようだっただろうと思う。


それから食事も休憩も取らずひたすら飛び続けた。


六百年の人生で一番短くて長い夜を。



逆方向から地球を半周して来た朝と出会った時、疲労と空腹で目が霞んでいた。気を抜くと失神しそうなくらいにぎりぎりだった。それでも音速を保った。

安全に止まるためには本当は目標のかなり手前で速度を落とさなければならなかったが、わたしは限界まで粘った。


太陽がすっかり昇って世界が白く染まった頃。

これ以上進むと止まろうとしても間に合わず、リスタを通り過ぎてしまうという場所で急制動を掛け、高度を落とした。


胃液が逆流する。


「……!」


歯を喰いしばった。


地上がぐんぐんと近付く。草木がまばらな荒地に大きな道が一本だけ通っていた。



人と馬車が行き交う道。その道にそのひとを見付けた。



「リスタ!!」



三週間ぶりに姿を見るリスタは魔法図書館の制服を着ていなかった。初めて見る姿でうつぶせに倒れていた。それでもリスタを、わたしが見間違う筈がないのだ。


宙から降りて来た人間に道行く人々がどよめく。


魔法図書館に行く時は飛行して行くことが多かったが、いつも光魔法で自分の姿を隠して、図書館の近くの人目のない場所に降りていた。宙を飛べるような魔法使いももうほとんどいないため、目立つまいとして。でもここには隠れられるような場所はなかったし、そんなことはもうどうでもよかった。



「リスタ!!」



膝を着きリスタを抱え起こしたが、彼女の目は閉じられたままだった。


命が消えようとしている。


名を叫び体を揺さぶり、必死で呼び戻した。懸命に治癒魔法を掛ける。



わたしを追って図書館を出るなんて――――――――――!


その想いを受け止める機会も与えられないのか!



と。



薄っすらとリスタの目がいた。



「!」

「ア……ト……めい……きゅ……」

「終わりました」



リスタは青い目を微かにみはり、迷い、それから何かを言おうとした。



「アル………」



そこで言葉が途切れ、体から力が失われた。




「リスタ!!」




三週間でこの急激な弱り方は、おそらく何かの病気に罹っている。なのに治癒魔法が効かない。人間の体は老いると治癒能力が弱くなり、幾ら魔法を掛けてもその力は十分には高まらない。



若返ればまだ間に合うのか。

分からない。でもそれしか方法がない。



「リスタ!!」


間に合ってくれ、と気が狂いそうな程強く願う。



背中の鞄の蓋と革張りの箱の蓋を、手を使わずに魔法の力で次々と開けた。そしてリスタを抱えたまま小さな木箱を宙に浮かべ、自分の目の前に移動させた。


ささやかな真鍮細工が輝く、飴色の小さな、小さな木箱。



「………!」



「人に若返りをもたらすからくり小箱」は、戻りたい年齢を指定することになっている。その年齢を決めるのはリスタだと思っていた。


だがもう、わたしが決めるしかない。


わたしとリスタの実際の年齢差に合わせると、リスタは今度は若くなり過ぎてしまう。


勝手だったがわたしは年齢差を縮めると決めた。だが何歳いくつにするべきなのか。


迷っている時間はない。


咄嗟に頭に思い浮かんだのは「19歳」だった。



―――――――――「19歳でしたから」



あの日悲し気な微笑みで魔女が告げた年齢。それがリスタの心の時を止めた年齢に思えたのだ。



「―――――――――――――――――――――」


いや………



二十歳はたち



リスタのくさびを過去のものにしたかった。


そこから一歳ひとつ、わたしはリスタの時を未来に進めた。



古代の言葉で望む年齢を告げ、小箱に差さったままの金色の小さな鍵を左手で回す。




かしゃん。




軽やかな音と共に魔法の箱がいた。


読んで下さっている方、今日たまたま読んで下さった方、本当にありがとうございます。

次回かその次で本作は完結します。可能であれば明日続きを投稿したいと思います。


よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークやいいねして頂けると大変励みになります。

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