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51. 魔法使いの帰還

ʄ


指の間から空の青が覗く。



もう不老不死じゃない。



もう一度空に向かって左手を拡げ、少しの間その手を見つめていた。



やっと26歳になれる。



そう思った時、誕生日を迎える子供みたいな台詞せりふだとおかしくなって思わず泣き笑いした。もう600歳になろうとしているのに。


温かかった。


迷宮の周囲に掛けられていた、人を近付かせない魔法が解けているのを感じる。

その影響なのだろう。ほとんど生き物の気配がしなかった場所に鳥のさえずりが満ち始め、気温が急激に上がり出していた。



ようやく戻れる。

生命いのち流れ(いとなみ)の中へ。



――――――――――――リスタと、と考えるとどきどきした。



ゆっくりと体を起こす。

体のあちこちが痛かったが、そこで初めて見た周囲の景色に驚き、一瞬、その痛みを忘れた。


まるで爆発の跡だ。


辺り一面の土がえぐれていて、椀状の広い穴のほぼ真ん中に自分がいた。

「レベルゼの神殿」はもうなかった。その足元にあった筈の盛り土ごと。


だが九本の柱があった場所は分かった。


迷宮に隠されていた二十五個の魔道具が、広間に置いた時の配置のままわたしをぐるりと取り囲んでいたのだ。数個ずつ、等間隔に。

一ヵ所だけ空白となっているのは九つ目の扉があった場所で、そこに置かれる筈だった「破壊の仮面」だけはわたしのすぐ近くに転がっていた。



「―――――――――――――――――」



そこに座ったまま、最初に背中の鞄を降ろした。

自分の全てを掛けて手に入れた魔道具の無事を確認したかった。鞄から革張りの箱を取り出し、幾つかの魔法を解除してその蓋を開ける。

鞄を守るために掛けていた魔法が破れなかったので、更に多くの魔法で守っていた箱も無事だろうとは思っていたが、それでも傷一つない「からくり小箱」と「解呪の宝珠」を目にした時は、胸に込み上げるものがあった。


数秒、身動きも出来ずに箱の中の二つの魔道具を見つめた。



リスタ――――――――――――――――――



一秒でも早く帰りたいと思う。


だがその前にもう一つだけ、やらなければいけないことがあった。


深く息を吸って、吐く。


そして二つの魔道具を元通りに仕舞うと、巨大な窪みの中央で立ち上がった。


自分を囲む二十五個の魔道具を宙に浮かべ、足元に集めるのには五秒も掛からなかった。


切れた雲の間から射し込む光が「人類史上最強の魔法使い」が遺した魔道具を照らす。

傾き始めた陽の下で、二十五個の魔道具はきらきらと輝いていた。



その美術性を惜しむ気持ちがある。


だがレベルゼの魔道具はどれもあまりに危険だった。


二十五個の魔道具は、五百七十年前の仲間達に捧げると決めていた。



魔法を発動させる。魔道具を白い光の粒子が包んだ。



「呪い」がなかなか解除出来ないのは魔法を生成する過程で「暗号化」と言える技術が使われているからだが、一般的な魔法の解除であればそれ程難しくはない。


魔道具に掛けられていた強化魔法や回復魔法を次々と解除した。自分に理解出来る魔法をそうして可能な限り解除する。


やがて解除出来る魔法がなくなると、わたしはそこから真っ直ぐに上昇した。


高くのぼってから見降ろすと真下に巨大な穴があり、その真ん中に「最強の魔法使い」の作品が集まっていた。

えぐれた土の周りは木々に囲まれていて、森が遠くまで広がっている。二千年の間、その森を包み続けていた霧は消えており、木と土に日差しが届いていた。



「………」



魔道具の真上に小さな光の輪を作る。


威力を数十分の一に落として光の矢を引き絞った。



チュンッ!



弦が弾ける音のあと穴の中央で爆発が起こり、微かな振動が上空まで届いた。



溶け残った金属部分が転がっていたが、それ以外はほぼ何も残らなかった。

再び地面に降りたわたしは、しばらく無言で散らばった金色の欠片かけらを見つめた。




―――――――――――――迷宮の制圧が終わったぞ。




胸の中で仲間達みんなに告げる。そしてその場所で深く一礼した。




終わった。




帰ろう――――――――リスタの所へ。


立ち去ろうとしてきびすを返し掛けて、思い直した。もう一度そこを振り返る。



二つだけ貰って行く。



二千年前の魔法使いにも小さく黙礼し、そして今度こそきびすを返した。



入口は失われたがレベルゼの迷宮はまだ存在しているのではないかと思う。


いつか誰かがそこに辿り着き、呪いを受けてしまうかもしれない。その時のために、「解呪の宝珠」だけは残しておこうと思った。



ʄʄʄ


リスタ―――――――――――――――――――――


治癒魔法で怪我は癒せたが服はぼろぼろで、胃が痛くなる程空腹だった。


数日戻れないかもしれないと伝えた上で、わたしは近隣の街の宿に荷物を置かせて貰っていた。先ずそこに戻って服を着替えて、食事を摂った。不老不死の体でなくなってから最初のまともな食事だったというのに、気が急いて味を楽しむことは出来なかった。


食べ終えた時には日が落ちていた。


だがもう一泊する気にはなれなかった。宿の男が奇妙な時間に去る客を困惑顔で見ていたが、帰りたかった。


リスタとオーディーに会いたかった。一秒でも早く。


音速で移動したかったが、それは控えた。音速飛行は音や衝撃が地上に被害を与えかねないのと、体力の消耗も激しいからだ。


もう何も食べずに不眠不休で動き続けることも出来ない。


急げるだけ急いだが、わたしがミラトルに帰り着けたのは三日目の夕方だった。



「アルト様―――――――――――――――!!」



玄関ホールで待っていると、女中にらされたオーディーが転げそうな勢いで廊下を駆けて来た。



オーディー。



胸が一杯で言葉が出ない。

ただ微笑むとオーディーはそれで全てを察してくれて、涙ぐみながら一礼してくれた。




「お帰りなさいませ」




共に過ごした月日の重みがその声に宿っていた。


話したいことが沢山ある。

たが彼には少しだけ待って貰うつもりだった。



まだ魔法図書館の閉館に間に合う時間だった。



魔法図書館より先に家に戻って来たのはオーディーに無事を報らせるためと、着替えのためでもあった。


身なりを整えたかった。



もう一度求婚しに行くのだから。



しかしオーディーが顔を上げた時、その表情に先程までにはなかった焦りと緊張がにじんでいた。



「アルト様!!リスタさんがこちらにいらっしゃいました!!」


予想もしなかった言葉に息を飲む。


一瞬彼女がここにいるのかと思い邸内を見回した。たがオーディーは激しく首を横に振った。


「申し訳ありません。お止めしたのですがリスタさんはアルト様を追うとおっしゃって、もう三週間近く前にミラトルを発たれました」

「――――――――――!!」



リスタが?!



声が出ない。



五百年の間図書館に留まっていた彼女が、図書館を出たのか?!




わたしのために―――――――――――――――――?




あの時、リスタはまさか近くにいたのか。


今一体どこに?!



急いでリスタの気配を捜した。息が苦しい。


自分が捜せる最大の距離まで探査の範囲を広げたが、そこまで広い範囲で人を捜すのは初めてだった。



その時、途轍もなく嫌な予感が背筋を這いのぼった。


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