50. 魔女の魔法
「――――――――――――――――――――――――」
突然全てが静かになった。
白い世界。
立っていた。
体を潰しそうだった力も、土と木の濁流も全てが消えていた。
目の前に体半分程の大きさの光の球だけがある。
いきなり現れた世界の中でただ立っていた。
リスタ―――――――――――――――――――――?
間違いない。
リスタの声だった。
あの時の声もやはりリスタだったのだと今確信する。
左から右へとゆっくりと首を巡らせて周囲を見る。
誰もいない。
どの方向を向いても空と地面が遠くで地平を描いていたが地平の果てまでただ白く、なんの音もない。全てが白いというだけではなく、地面と空の境界が見た目にも物理的にもぼやけている。いつの間にかわたしは真っ直ぐに立っていたが、足の下に地面がある感覚が乏しかった。体重もあまり感じず、半分宙に浮いているかのようだ。
白い靄が漂っていた。その靄もすぐ目の前にあるのか遠くにあるのかよく分からない。靄の中に白以外の色が微かに見えてはっと息を呑む。
土と木の濁流。
根元から引き抜かれた木と砕け割れた地面。
自分がいた筈の場所が靄の中にぼんやりと見えた。五百七十年前に脱出口となった扉の中に迷宮の外が薄っすらと見えたのに似ていた。ただあの時とは違い、時が止まったかのように靄の向こうの世界は静止している。
ここは――――――――――――――――――
古代の魔法使い達が見ていた世界。
なぜかすっと腑に落ちた。
今自分は、この世でもあの世でもない場所にいる。
「―――――――――――――――――――――――」
リスタが連れて来てくれた。
「ふ」
涙が零れた時、思わず笑っていた。
やっぱりそうだったんだ。
どうして魔法使いが減り続けているのか。
誰も解明できなかったこと。
もしかしたらと思っていたことがある。
これは魔法なのだ。
―――――――――――「魔力を持たない」とされていた人達の本当に微かな魔力が何年も何百年も降り積もり続けて、人を人とも思わない魔法使い達から魔力を奪って行ったのだ。
小さな魔力が幾つも集まり、長い時間を掛けて少しずつ、少しずつ。
名もなき人達にも魔力はあるのだ。
今断言出来る。
「魔力を持たない魔女」の想いがわたしをここに連れて来てくれたから。
レベルゼ―――――――――――――――――
魔法使いを終わらせるのは魔法使いが人とも思わなかった人達だ。
目の前の光を静かに見つめた。
光球に見える物は小さな光の粒の集まりだった。
それがある部分では螺旋を描いたり、ある部分では凝縮と散開を繰り返したりしながら複雑に絡み合っている。光の粒の大きさは少しずつ異なっており、同じ大きさのものがまるで部品のようにまとまって動いていた。
これがあの魔法だ。
この世界では魔法の構造が目に見えるのだと誰に教えられずとも理解出来た。
目には見えてもこの構造を完全に解き明かそうとすれば、多分膨大な時間が掛かる。
だが。
ここだ、と思った。
魔法使いは時々異様な程勘が働く。魔力が強い程勘も鋭い。構造の要となっている部分がわたしには分かった。
左手を伸ばす。
と。
その掌がふと温かくなった。
左手の上で光球とは違う魔力が、小さな光の粒となり瞬いていた。
守ってくれていたんだ―――――――――――ずっと。
小さく深呼吸する。
そして光を纏う手で「人類史上最強」と謳われた魔法使いの魔法に触れた。
光の集まりの中で魔力を込めた手をほんの数回だけ動かした。
部品を分解するように。
ほんの数秒のこと。
唐突に、世界を滅ぼしていたかもしれない魔法は解けた。
絡み合っていた光が音もなく崩れ宙に拡がっていく。
最後まで見届けることは出来なかった。
突然わたしは元の世界へと戻り、光の球があった筈の高さから落下した。
「………!」
保護魔法で自分を包む。風が体を優しく叩く。魔法が衝撃を吸収し、背中がふわりと地面に着いた。
空だ。
青空が覗いている。雲が切れていた。
世界を呑み込む魔法も、呑み込まれて行く土や木ももうなくなっている。
見上げた先にはただ空が広がっていた。
左手を空に掲げる。
取り戻した。自分の人生。
リスタ―――――――――――――――――――
「ありがとう………」
その手を握り締め、唇に重ねた。




