48. 最狂の魔法使い
ʄʄʄ
ごうごうと唸る風が全身を打つ。盛り土の上の強烈な光をしばらくの間見つめていた。そこにあった筈の「神殿」はもうない。
お腹が空いたな、と思う。
迷宮の中で携帯食を一度食べただけだ。不死の間は空腹を感じるというだけだったが、今は食べなければ死んでしまう体だ。空腹だと力も出ないだろう。
迷宮に入ってから多分一日以上が経っていて、今は翌日の朝か、昼か。空が真っ白に曇っており、太陽がどの位置にあるのか分からない。
「――――――――――――――」
自分を保護魔法で包んで風を遮断した。体に感じていた圧力がふっと消える。
背中の鞄の中に布袋に小分けした携帯食がまだ残っていた。鞄を降ろして地面に座り、その中からビスケットの包みだけを取り出した。焦げ茶色の長方形。
途中で力が尽きても困るが、あまり食べても激しく動くことになった場合、吐きかねない。
硬く焼いた四角い塊を二つ、苦労して噛み砕く。かなり硬いが甘味はあって、それなりの味だ。水は手の中に生成して手から直接飲んだ。
すると体の中に微かに力が生じるのを感じた。
空腹感を紛らわせるためだけの呪われていた食事とは違った。
人間に戻れた。
喜びで一瞬、目の縁が熱くなった。
「―――――――――――」
もう一度鞄の蓋を開け、革張りの箱を見つめる。
一度そっとその箱に触れてから蓋を閉め、立ち上がって鞄を背負い直した。
ふぅっ、と息を吐いて小さな太陽を見つめる。
分解は難しいな。
ずっと考えていたがあの魔法の原理が正確に理解出来ない。
魔法は魔力で物質を合成したり反応させたりしているだけで、基本的には物理現象だ。原理さえ理解出来ればあとは必要なだけの魔力があれば、分解して無効化出来る。
ただ古代の強大な魔法使い達の魔法は、後代の魔法とは一線を画している。
古代の強力な魔法使いは他の人間には触れることが出来ない物や認識出来ない世界を認識していて、その後の世では実現出来ない現象を生み出していた。古代には人体の欠損ヵ所さえ再生出来る者がいたという。
古代の魔法使いの中でも傑出していたパウセとレベルゼがその才能を注ぎ込んだ魔法は、自分の力では解明出来ない。
力技だが「壊す」しかないな。
「壊す」とは分解するのとは異なり、一つの魔法に別の魔法をぶつけて破壊するという乱暴なやり方で、危険な上にやってみなければ成功するかどうかは分からない。でも今の自分に採れる手段はそれしかない。
神殿の周囲だけ木がなく、広場のようになっている。自分のいるその「広場」全体を二重の保護魔法で包み、最初に外の世界との干渉を遮断した。
世界を切り取った音がぱんっ、と軽く響く。
これで光球の引力は外に届かないし、届いたとしても外の物は中に入って来られない―――――わたしの保護魔法の強度があの引力を上回っている限りは。
急がないと空気が薄くなって気圧差で魔法が潰れるな。
切り取られた空間の空気をレベルゼの魔法は吸い込み続けている。
この魔法が止められなかった場合、被害は国や大陸に留まらないかもしれない。
ただ静かに自分の魔法を発動させた。
広場の大きさとほぼ同じ巨大な光の輪を地面に出現させる。
「………」
そして息を止め、狙いを定めた。
チュンッ!
弦が弾けるような音。
空中に浮かび上がった輪は瞬きの間に引き絞られて、最後には小さな点となって光球を撃った。
街をまとめて幾つか消し去れる威力があり、わたしが使える攻撃系の魔法の中では最大だ。
ばんっ!!!
その瞬間、凄まじい反動があった。
体が弾け飛ぶ。
広場を包んだ二重の保護魔法がガラスのように割れて壊れた。