44. 最後の罠
ドッ……
心臓が大きく跳ねた。
真後ろだ。数歩分の距離と思える程近い。即座に振り向くことが出来ない。
体温がはっきりと下がるくらいに汗が噴き出した。
「………」
先に「小箱」を元通りに仕舞い、鞄を右肩に掛けた。
それから立ち上がったが、やはり振り向くことが出来ない。
そこにあるのがもし「解呪の宝珠」なら、もしかしたらもう呪いは解けているのかもしれない。
五百七十年の間、わたしの時を止めた呪い。
結果を受け止める覚悟をするのに少し時間が掛かった。
心臓がずっと速く打ち続けており、体は震えていた。
一度軽く目を閉じた。そして目を開くと、わたしはゆっくりと振り返った。
「―――――――――――――――――――――――」
腰高の白い台座が、疎らに草が生える地面に直に建っていた。
二十六個目の魔道具は石造りのその円筒の上に飾り物のように置かれていた。
激しいショックはあったが膝を折りはしなかった。
どこかで予感があったのだ。
破壊の仮面―――――――――――――――――
それがこの場所の魔道具だった。
金と黒の装飾が施された、顔の半分だけを覆う白い仮面。
その仮面を見つめ、しばらくただ立っていた。
わたしの願いは最後に持ち越されたのだ。
これは偶然ではないのかもしれない。
人類史上最強の魔法使いは、やっぱり想像を超えている。
レベルゼが手加減せずに迷宮を造っていたら、今のわたしでもきっと制圧不可能だっただろう。
「完全に制圧しない限り、呪いは解かないということか―――――――」
これで最後まで進むしかなくなった。
この仮面を手に取れば次の――――――――最後の罠と対峙することになるのだろう。
改めて覚悟をし直してから二十六個目とその周りを観察する。
どこかに転移させられたのではなく、ここはあの光の中なのかもしれない。
地面も空も木々も迷宮の外にいるのかと思う程自然だが、建屋もない場所に魔道具が置かれているのは、雨も雪も降ることがないからだ。
何か仕込まれていないか慎重に見つめる。
罠がある様子はない。数歩の距離を警戒しながら近付き、両手で静かにそれを手に取った。硬質の手触り。
二十六個目の回収自体より、すぐ次に控えている「最後」の想像が激しい緊張を生む。
着けた者が見る物を破壊する「破壊の仮面」―――――――――
破壊したい物をこの仮面を着けて見れば、いかなる物でも望む形に破壊が叶う。
古代の言葉が頭に流れ込むのを感じながら身構えていた。
どんなふうに次が始まるのか分からなかった。
次の瞬間。
「え………」
思わず口を突いて出た。
ここは。
仮面を手にしたままの体を冷や汗が伝った。