42. 決戦の始まり
薄闇に包まれた空間には壁も天井も見えない。
上や横へはおそらくどれだけ行っても何かに突き当たることはないのだと思う。
「何か」が存在しているのは下だけだ。
金属的な円形の足場から覗き込むと、五百七十年前と同じ景色があった。
下へ行く程明るさが乏しくなっていて、底に広がっているのは広大な闇だ。その闇の中で幾つもの光の点が動き回っている。
目安に出来る物が何もないせいで目視では距離感は掴み難いが、魔道具の存在は遥かに下に感じた。
「―――――――――――――――」
空に浮かべられた足場の上に乗っている感覚だった。
ただ星々が上ではなく下に見える。
ふぅーっ、と息を吐く。
自分が震えていることに自分で驚いていた。
あの時、魔道具まで辿り着けなかった。下に用意されている魔道具がなんなのか、だから分からない。
二分の一の確率。
そして二重の緊張。
悲願が叶う瞬間は、命の危険が生じる瞬間でもある。
足場の周囲の空気が揺らぐ。魔法が発動しようとしていた。
リスタ。必ず帰る。
左手を胸に当てた。
鈍く光る物が足場の周囲に無数に生じる。金属の細長い板だ。拡げた本よりもまだ大きい。底部が斜めに切れており、大きな刃物なのだと分かる。
見るのは二度目であり、起きることをじっと待っている必要はなかった。
「――――――――行くぞ」
リスタと仲間に告げた。そして息を止め、わたしはその縁から飛んだ。
ゴッ……
頭から真っ直ぐに、凄い勢いで落ちる。上空で一つ二つと、刃がわたしを追うように落下を始めたのが見えた。
光点に到達するまでだけでも信じられないくらいに距離がある、
なんの抵抗もせずにこのまま落下し続ければ追い付かれることはなかったのだろうが、数分間落下し続けた後、あの時わたし達は勢いを殺そうとした。下から引っ張られる力を感じたせいだ。
速度が際限なく上がって行き、それに逆らおうとして鋭い刃に追い付かれた。そして速度を上げ続けた刃に、保護魔法を突き破られたのだ。
「………」
自分の足の方へ視線を向け上空を見ると、ずっと上の方だけがぼんやりと明るい。水中から空を見上げた時の光景に似ている。立っていた円形の足場はもう点のような大きさだった。まだ刃のほとんどは上にあるが、あれが次々と落ちて来ることは分かっている。
ドンッ!!!!
速度を上げると自分を包む保護魔法の外側がきらきらと光った。魔法の膜は、やがて炎に包まれる。
どんどんと速度が上がり、光点の中に突っ込んだ時には音速を超えていた。
ばりんっ―――――――――――――――
「………………!!」
周囲の光が砕けて行く。
胸が冷たくなった。
予想外のことだった。
すみません、今回少し短めです……