40. 最後の扉
ʄʄʄ
「ぐうぅ」と唸りながら膝を着くと、右肩に担いでいた二十五個目の魔道具が床に当たってガラガラと鳴った。
二十五個目の「投影の天幕」は人が中に入ることを前提としているせいで、折り畳まれているにも拘わらずかなりの大きさがあった。
右肩を傾けて「天幕」を床に降ろし、左手で右の脇腹を抑える。出血が激しく床にぼたぼたと血が落ちた。その痛みもあったが、息が上がっているのは激しい攻撃を切り抜けた直後だからだ。
腹に穴が開いた状態はさすがに苦痛が大きいので、治癒魔法を使う。だが痛みと出血がある程度和らいだところで魔法をわざと中断した。
「………」
中断したのに、傷口がそれでも癒えていく。
「―――――――――――――――!」
心が折れそうになって体が前へと揺らいだ。そのままそこに蹲る。
自分はまだ不老不死のままだ。
自分でも気が付かない内に解呪されている可能性があると思っていたのに。
わたしは余程運が悪いのか。
遂に八番目まで制圧を終え、次が九番目だった。まさか最後まで「解呪の宝珠」も出口も見付からないとは。それともどこかで「宝珠」を見過ごしたのか。
だがどの扉を入った時も、その場所の魔道具を全て手に入れるとこの広間に戻る扉が現れた。その扉の出現は「制圧完了」を意味していると思っていたし、扉が現れた時に未回収の魔道具の気配がしたこともない。
「蹲るな………」
立て。帰るんだろう。決着を付けて。
床に着いた血だらけの左手を見つめる。
歯を喰いしばり、その手を引き摺りながら体を起こした。血が擦れ、白い床にべったりと赤い線が着く。
「………」
空中に水の塊を生成してその手を包んだ。水の玉がすぐに真っ赤になる。それを巨大な広間の中央辺りに飛ばして捨てた。白大理石の床は真っ平らだったので、液体は横に広がるしかない。赤い水溜まりはだらだらと拡大したが、広間の端までは届かなかった。
血が手から完全に落ちるまで同じ作業を三回繰り返した。
あの水溜まりも多分、最後の扉に入って出て来る時には消えている。
気力も体力もすぐには戻らなかった。血が落ちた後、しばらく座ったままその掌を見つめた。
リスタのことばかり考える。
実際の年齢はわたしの方が上だとしても、わたし達は見た目には老婆と孫だった。リスタに魅かれながら、最初は自分でもどうかしていると思った。それでも彼女に魅かれる気持ちを止められなかった。リスタはいつも微笑んでいたが、いつからか、その微笑みがはっきりと自分に向けられた時には胸が苦しくなった。
……呪いを解きたい。リスタと共に生きたい。
仲間達の仇を討って、後はただ「死」が手に入ればいいと思っていたのに。
九枚の巨大な扉に囲まれた空間を見渡す。
「ごめんな………」
そう声に出した。敵討ちが絶対目標でなくなってしまったことを、あの時の仲間達に謝る。
五百七十年時が止まっていたけど、もう一度生きたいんだ。
一緒に生きたいひとがいる。
………リスタと時を重ねたい。
自分自身と彼らに告げて、胸の前で左手を握り締めた。
ʄ
―――――――――――――――最後の扉。
その扉に向かい合った。
これは本当に偶然なのか、と思う。
あの時脱出を果たした場所にまだ辿り着いていない。この扉の向こうがその場所ということになる。「不老不死の解呪の宝珠」も出口も、本当にここにあったのか。
それが九番目に来たのは偶然なのか。
偶然にしては出来過ぎていた。
もしかしたら八カ所を制圧するまで辿り着けないようにされていたのかもしれない。
扉の中が入れ替わっている可能性はゼロではないと思う。
考え過ぎかもしれないが、相手によって扉の中を入れ替えているのでは。
それは挑戦者のことを理解していなければ出来ない。
ぞっとした。
レベルゼは二千年も前に死んでいるのに。そんなことが可能なのか。
「人類史上最強の魔法使い」の迷宮に、今更怯む。
左手を胸に当て、深呼吸した。
九番目の扉に魔力を注ぐ。
ごぅ……ん………
重い音を立てながら、最後の扉は開いた。
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