04. 綺麗だと思った
魔法図書館で趣味の集まりが許されているとは知らなかったが、男女の参加者には全員絵や書の心得があるようだった。みんな年季が入った腕の持ち主のようで、平均年齢は少し高めである。
本業をこなしながらの補助的な参加であれば職員にも許されていると言い、館内から絵本を集めて来たり、作成途中の絵を保管したりしているのがリスタだった。
どの本も一冊しかないから、参加者はそれぞれ別の絵本を複写していた。
魔法で絵の具を乾かしたり、「再現が難しい」と頼まれた色を作ったりしながら架台に開き置かれた沢山の本を見ていると、なぜか不思議な気分になった。
そう言えば、絵本というものをほぼ初めて見た。ずっと昔の、自分が子供だった時代には、子供用の娯楽本はまだほとんどなかったというのもある。
だがそれだけではなくて、何か――――――――――
落ち着かない感覚をしばらく味わってから、そうか、と思った。
もう随分長いこと、魔法書以外の本をほとんど読んでいなかった。いつからだったのか、それも思い出せない。
ふと見ると、魔法図書館の魔女は格子窓の前で大きな絵本を広げていた。
鮮やかな海の絵。
と、顔を上げたリスタと瞳が逢い、微笑みにどきりとした。
魔法図書館の職員に不老不死の魔法が掛かるのはあくまで職員になってからなので、リスタは図書館に来た時に既に高齢だったことになる。五百年に図書館に来るまでのリスタの年齢を足しても多分わたしの方が年上だと思ったが、わたしの外見は、25歳で時が止まっていた。
それが急に、苦しくなった。
ʄ
「複製本作りの会」は、夕方にはお開きになった。
外には繋がっていないのにミラトルの空模様をきちんと反映する魔法の窓が、夕暮れ色に染まっていた。
参加者が手を振りながら帰宅して行くのを、わたしはリスタと共に見送った。
「アルトはお子さんは?」
二人になってから、リスタにそう尋ねられた。ごく普通の世間話だと分かっているのに心に微かに痛みを覚えるのは、わたしが家庭を持つことを自分に禁じているからだった。
「まだ独身です」
「まあ、そうでしたの」
答えながら、この女性はどんな家庭を持っていたのだろう、と思う。
「あなたは?」
尋ね返すと、意外な答えが返って来た。
「縁がありませんでした。子供にも結婚にも」
そう言って、リスタは微笑んだ。
予想外だった。
五百年前だと女性が生涯を独身で過ごすことは、かなり珍しい。リスタのような女性を好きな男は少なくなかった筈だとも思う。
何か事情があったのだろうか。
本当に子供が好きそうなのに。
「……あなたのような素敵な方が」
「まああ。そんなことはわたくしみたいなおばあちゃんじゃなくて、若い娘さんにおっしゃって」
屈託なく笑う彼女を見て、また胸が苦しくなった。
「こんな時間まで手伝わせてしまって、ごめんなさい。わたしに何か、お訊きになりたいことがあるのでは?」
「―――――――――――――――」
「逢いに来た」は、そう解釈されたのか、と気付く。
一呼吸掛けて、わたしは質問を捻り出した。
「昔のお話を聴かせて頂ければ………」
言い掛けて、ふと思う。
「……お薦めの絵本があれば教えて頂けませんか?必要になるのはまだ先でしょうが、ちょうど友人に子供が生まれたので」
「まあ!」
それからリスタは、沢山の絵本を見せてくれた。
水色の海や空の絵。賑やかな街や、緑の森の絵。
すやすやと眠る赤ちゃんの絵を見て、リスタが微笑んだ。
「綺麗ですね」
「――――――――――――――――」
本当に、綺麗だと思った。
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