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38. からくり小箱

突然、足の下の感触が消えた。

ぐわん、と床が斜めになり、体が下へと持って行かれそうになる。東屋はゆっくりと左回りに回転しながら倒れようとしていた。

辛うじて体を宙に留め外に飛び出そうとしたが、目の前が柱だった。


「!!」


ドンッ!!!


すんでの所で東屋ごと破壊して外に出た。


瓦礫が飛び散り水へと落ちる激しい音が立つ。なのに飛沫しぶきが見えない。飛び上がりながら足元を見たが、霧の中に見えるのは先刻さっきと変わらず静かな水面みなもだった。砕けた建物の破片は水中に吸い込まれるように消えて行く。


体がひっくり返りかけた時に調整した視界を失ってしまっていた。急いで再調整しようとした時、腹に響く轟音がくうを圧した。


「………!」


落ちていたらどうなっていたのか。


確かに天才ではあるレベルゼのやり方を見ておきたい気持ちはあったが、今はそんな余裕がない。ただ東屋の残骸は確認出来なかった奈落の向こうへと落ち、更に破壊されたのだろうと思う。


東屋が倒れる寸前に一瞬だけ見えた実際の光景。


光魔法で隠されていた左の岸はすぐ近くに迫っていて、一ヵ所だけ岸の堤が切れていた。満杯のコップが溢れるように、水は静かにそこから流れ出ていた。その先は宙しか見えず、地面がどれだけ下にあったのか、あるいはなかったのか分からない。


とにかく視界を再調整しようとしたが、それが叶う前に魔道具の気配がする方向から、何かきらきらと輝く小さな粒が、矢の速さで飛んで来るのが見えた。


回避が間に合いそうになく保護魔法で自分を覆う。


その判断が甘かった。



バアアァァンッ!!!



「………!!」


凄まじい爆風。体が吹き飛び、宙で回転した。濃い霧と水面すいめんが炎の色に染まる。



驚いた。



今のわたしの保護魔法なら大抵のものを防げる自信があったのに。


炎が右腕を焼いている。


「―――――――――――――――!」


右腕の周りの空気を断って火を消し、空中で姿勢を立て直しながら今何かがおかしかったと考えた。


氷の粒か小さな水晶のような物が保護魔法と接触して、その途端に爆発した。――――――そんな風に見えたが、引っ掛かった。


違和感の原因を理解して息を呑む。



光魔法だ!



爆発の位置とタイミングが目視の感覚と微妙にずれていた。

理解したその時には、もう無数の光点がそこに迫っていた。



あの光点の位置が、今全部ずれて見えているのか。



視界を調整する間もなかった。




ʄ


五百七十年の間に本当なら死んでいた筈の怪我を何度もしたせいで、わたしは怪我や痛みに鈍感になり過ぎているのだと思う。


気持ちが昂っているせいもあったが、体のあちこちが焦げぽたぽたと血が落ち続けているのに、この時自分に治癒魔法を掛けることを思い付かなかった。


藍色の屋根の小さな東屋が対岸の水上にせり出して建っていた。


深い森の中にいるかのように緑が濃い。木々の葉を通過して降り注ぐ光が、世界を淡くけぶらせていた。蓮の花が咲く池の向こうで、東屋は若い木々に絡め取られそうに見えた。橋はなく、水上に用意されていたのは白い飛び石だ。


大勢の仲間の命を奪った迷宮とは思えない美しい光景。


かなり消耗していたので宙を飛ぶ気にならなかった。おとなしく用意されていた道を渡ろうとして、一つ目の石の上の宙で足を止める。


底意地の悪さに、思わずふ、と笑ってしまった。


また光魔法だった。


実際の飛び石は目に見えているよりかなり右側にあった。


気付かずに渡っていたらどうなっていたのかやはり興味があったが、今気力と時間を浪費したくない。わたしは右へと移動して正しい位置で石を渡った。傍目には水上を歩いているように見えるだろう。


自分の血が落ちる音がそこが水面でないことを知らせる。わたしが歩いた跡を示すかのように白い石は点々と血に染まった。


右に左に位置が振れる飛び石が途中で面倒になったが、そのまま蓮の花の間を歩いた。


それだけ疲労が溜まっていたのだ。


水と緑の匂いがする。


やがて東屋が建つ小さな半島に辿り着いた。石を渡り終えると木々に埋もれそうな東屋はすぐ目の前に建っていた。


やはり丸屋根で床も円形だったが、これまでと少し趣が違うと思う。


壁が建物を半周している。


ほかの東屋は壁が全くないか、あっても低い腰壁があるだけだったのに。魔道具の気配はあるが、建屋の中央に台座も見えない。


通ってきた中で一番小さな東屋はどこか忘れられているかのような風情で、木々の中に埋没しそうな姿は遺跡めいていた。


体を引き摺り、ゆっくりと進んだ。少し息が乱れている。怪我が重かったせいで回復が遅い。


柱の陰になっていたその魔道具が見えたのは、三段の石段を上り切る前だった。




心臓が跳ねる。




小さな箱。




その場所に飛び込み掛けて直前で気付いて反転した。階段から転げ落ちそうになる。



「っ……、ざけるなッ!!」



今度は笑えなかった。遥か昔に死んでいる迷宮の創造者を罵倒する。


壁の位置が実際とずれて見えていたのだ。


何もないように見える場所の方が壁だ。しかもそこに空間転移の扉が仕込まれている。迷宮ここに来た理由を目の前にしてどこかに転移させられるところだった。


懸命に自分を抑えた。



焦っては駄目だ。



最後の一瞬まで気を抜いてはならない。全神経を集中してほかの罠がないかを探る。


慎重に。自分に言い聞かせながら壁に見える場所から静かに東屋へと入った。


決して間違えないように、限界まで精密に視界を調整する。


本当の壁の中央に四角い掘り込みがあった。


そこにぽつんと小さな木箱が置かれていた。



心臓が爆発しそうだ。



本当に小さな、両手にすっぽりと収まる大きさの木の箱。



飴色の艶やかな木箱は蓋の真ん中と四隅が真鍮細工で飾られただけの、レベルゼの魔道具にしては簡素な物だった。


両手が震えないように息を止めた。ただただ慎重に、包み込むようにそっと手に取る。




人に若返りをもたらすからくり小箱―――――――――――



一人の人間を望みの年齢に若返らすことが出来る。一度しか使用出来ない。




「――――――――――――――――――――――」




足から力が抜けた。胸に大切に木箱を抱き締めて壁に背中を預けると、そのままずるずると滑り落ちるように東屋に座った。




リスタ―――――――――――――――――――――!




声も出なかった。



ただ木箱を抱き締める。




会いたい。



君に会いたい。今すぐに。





焼け焦げた服の下で皮膚が再生されて行くのが見えた。





わたしの体はまだ不死のままだった。


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