37. 霧の東屋
前話に加筆しています。未読の方はご注意ください。
次へ行けと言うことか。
確かにこの周囲に他の魔道具の気配はもう感じない。
扉を見つめて奥歯を噛む。
水晶玉を手に取って、初めて現れた扉。
「合格だ」とでも言いたげな傲慢さに腹が立った。
実際どの罠もレベルゼが全力を注ぎ込んだものではないとは、五百七十年前から気付いてはいた。レベルゼは、挑戦者を自分と対等とは思っていなかった。彼の真意を知る術はもうないが、もし手加減がなかったらレベルゼの迷宮に挑戦出来るのはパウセだけだっただろうとは思う。
そんな「手加減された迷宮」でわたしは呪われ、仲間達は命を落としたのだと思うと心底から悔しかった。
「――――――――――――――――」
左手を胸に当て、数回深い息を繰り返した。精神の均衡を失わないように。
追い立てる様子はないので、それから背中の鞄を降ろして水晶玉を中に入れた。鞄を背負い直して呼吸と覚悟を整える。この扉の向こうは全くの未知だ。
「……進むぞ」
再びリスタと仲間達に告げて、その扉を入った。
ʄ
さあっ……
水音が聞こえている。
また夜から昼になった。でも今度は入り口の広間ではない。小さな東屋の中だった。
床や柱が白いのは先刻と同じだが、先刻の東屋より二回りは小さい。今その真ん中にいて、ここから端までは五歩程の距離に見えた。
夜の東屋の音がまだ聞こえているのかと思ったが、そうではなかった。水音はこの場所のものだ。振り返ると入って来た扉はもう消えている。水音の出所を掴みかねたのは、東屋の柱の間から見える景色がほぼ何も分からないくらいに真っ白だったからだ。
霧――――――――――――?
東屋はどうやら濃い霧に包まれていた。
コン……
水音だけが聞こえている場所に自分の足音が混ざる。外を見るために取り敢えず前に進んだ。
円形の床の縁に円柱が五本、等間隔に立っている。柱の間には目に見えない魔法の膜が張られており、そこで遮られた霧がまるで白い壁のようになっていた。
目測通りに五歩で東屋の端に着き、そこから外に目を凝らす。
川……いや湖、池か………?
ずっと聞こえている水音は東屋のすぐ足元でしているのだと分かった。霧の中に見える地面は僅かで、東屋のほぼ真下がなみなみとした豊かな水面だ。
と。
右から意外な物が流れて来た。
花だ。ほんの数輪だったが、花だった。
黄色やピンクや、白。茎や葉はなく、華やかな花冠だけが筏のように目の前を流れて行く。霧の向こうに木々が茂る反対側の岸も見えた。
思わぬ可憐な光景にちょっと意表を突かれる。
流れている……川なのか……?
判断に迷うくらい、穏やかな水面だった。
「………」
後ろを振り返り、何もない真ん中を横切り、反対側の端まで歩く。
「……!」
こちら側もすぐ下が水だった。すこし先にやはり向こう岸が見える。また花が、今度は左側から流れて来た。
水の中に建っているのか………?
魔道具の気配は今いる場所の右手に感じる。近くはない。ここが川で左手側が上流だとするのなら、ずっと下流の方だ。
外に出てみよう、と思ったが何かが引っ掛かった。
今見た花――――――――――――
はっとする。
光魔法か!
東屋を挟んで両側を流れて行った花。多分どちらも全く同じだった。この水音もおかしいのだ。水面はほとんど動いていないようにすら見えるのに、音が大きすぎる。
視界を調整してもう一度外を見た。目に見える景色が変わる。
「流されている……?」
小さな浮き島ごと、東屋は流されていた。
光魔法は物の位置をずらして見せたり二重に見せたりすることが出来る魔法だ。幻影魔法とは違って全くの造りものではない。正解の景色はある。
今東屋を挟んで右側の景色が、左側にも投影されていたのだった。本当の左側の景色は穏やかな流れとはかけ離れていた。
落ちる!!
また予定ヵ所まで書き終わらず……(;;)