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34. 不老不死の呪い

『大隊長!!』


隊員達を後ろに退げながら、二人の紫水晶アメジストと共に懸命に呼び掛けた。

紫水晶アメジストは長距離の思念通話を使いこなす。迷宮の内外でやり取りするのは困難だったが、大隊長がまだ迷宮内にいるなら声が届く筈だった。


三人で何度か呼び掛けた時。


『転移させられた!どこだか分からない!!』

『大隊長!!』

『扉がない!戻れない!』

『―――――――――!』


一瞬言葉を失う。この迷宮で一人になることを想像し、心臓が冷たくなった。


『大隊長!スタックはそこにいますか?!』

せめてと願いながら尋ねた。だが。

『スタック?いない、わたし一人だ!』

『――――――――――――――――』


ならスタックはどこへ。


二人が消えた石段を見やり、わたしは目を凝らした。


そしてそこに用意されていた罠を理解して、ぞっとした。


先刻さっきと同じ、目を凝らしてようやく分かる程に微かな空気の揺らぎ。その揺らぎが階段の一番下から頂上まで、全ての段上の全面に渡って張り巡らされていた。



「大隊長とスタックがどれを通ったか分かるか?」


しばらく思念をやり取りした末に、第一中隊の隊長に尋ねられた。石段の上の「揺らぎ」が見えているのは今度もわたしだけだった。状況からして大隊長とスタックは別の扉を通っている。だがわたしは、首を横に振るしかなかった。


「―――――分からない。空気がわずかに揺らいで見えるだけで、扉同士の境目も分からない」

「嘘だろう……」


大隊長とスタックを救出出来るかではなく、救出に向かえるかがまず賭けと言える。扉を間違えれば二人に辿り着けないだけでなく、わたし達もどことも分からない所に転移してしまうだろう。恐らくここには戻って来られない。つい先刻さっきくぐった扉も消えていた。


何人かの隊員が石畳の上に座り込んだがそれだけで、わたし達は静かだった。

人間の感情には限界があるのだろう。絶望に絶望を重ねたわたし達に表情はなかった。恐怖も嘆きももう費えていた。



『―――――――――――聴いて欲しい』



やがて切り出したのは大隊長だった。



『わたしのことはもう考えなくていい。指揮権を第一中隊長に委ねる。今後隊からはぐれた者は独自の判断で脱出を目指すように。わたしも出口を目指す』



後を頼む。幸運を祈る。


それがわたしが大隊長の言葉を聞いた最後だ。



しばらく動けなかった。


また仲間を失ったが、喪失の意味合いがそれまでとは違う。


だがいつまでも立ちすくんでいても仕方がなかった。


少し積み増された絶望に馴染むまでのわずかな時間を過ごしたあと、わたし達は階段の頂点に向かう方法を探し始めた。


少なくとも大隊長は、迷宮の外には出られていなかった。だが魔道具に手が届くと言う所で挑戦者を入り口に戻すのは迷宮にはよくある罠だ。脱出が目標となった時から、わたし達はその種の罠に逆に期待を懸けていたのだ。


仕掛けられた罠はそんな甘い期待を打ち砕いたが、希望も残した。


無数の扉のどれかは迷宮の外につながっているかもしれない。一番可能性が高そうな場所として、わたし達は魔道具を目指した。


「上から降りられませんか?」

「……東屋の柱の間にも揺らぎが見える」

「屋根を壊せませんか」

「やってみる価値はあるかもしれない……」


レベルゼが上から攻略されることを考えなかったとは思えず望みは薄い、と思いながら森に包まれる建造物を見つめた。


そして気が付いた。


揺らぎがない場所がある。


「……!」


全神経を集中してそこを見つめた。そこから右――――そして上――――また右――――


………繋がっている………?



「道――――――――?」



地上から東屋まで、細い糸のように、揺らぎのない場所が繋がっていた。



§

森の騒めきが聞こえて、ひんやりとした風が頬を撫でる。宙に浮かぶ灯りが、石造りの建造物を美しく照らし出していた。


「道」は階段を複雑に行きつ戻りつしていた。


あの時、極限まで意識を集中して揺らぎのない場所を辿った。足一つ分でもずれればどこかに転移させられてしまう。辛うじてであってもわたし以外に視認出来る者はいなかったため、ほかの隊員達はわたしの後にぴったりと着いて階段を昇った。


責任の重さに押し潰されそうだったこの時のことは、それから何度も夢に見た。


今の自分にははっきりと一つ一つの「扉」が見える。それでも慎重に進まざるを得ぬ程「道」は狭く、頂上に辿り着くのに時間が掛かった。


石段の頂上は緑の芝で、東屋はその中央に建っていた。


すぐ目の前に見えるのに真っ直ぐ進むことは許されない。ここでも細い「道」を辿った。


そして遂に、東屋の白い階段に足を掛けた。


中央の台座。その上に水晶玉と思しきものがある。


進もうとした。




「――――――――――――――――――――――――――――」




その場に膝を落とした。



体が震え、声がなかった。



あの時には気が付かなかった。



首筋に触れた微かな風。





ここだ。





わたしはここで、五百七十年の呪いに掛けられたのだ。


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