31. 幻影の間
「うわああああっ!!」
ゴッ……
炎が立ち昇り、渦巻いた。
どんな幻影の果てだったのか、一人が周囲を焼き尽くすような炎を放ったのだ。
保護魔法すら維持出来なくなっていた隊員達の体に次々と火が移る。
その炎は床を這い、瞬時に自分の前にも迫った。
「!!」
火に照らされたその場所は広くはあったが入り口の広間と比べると遥かに現実感があった。歴史書や史跡で見た古代の邸宅か城の中のような場所だった。
レベルゼは確かに、不世出の天才ではあったのだと思う。
魔法使いとして突き抜けていただけではなく芸術的感性にも優れていた。現存している彼の魔道具は美術品としての評価も高い。のみならずレベルゼは、人間の心理にも鋭い洞察力を持っていたのではないかと思う。
壁際に棚や置き物が置かれた空間には変に生活感があり、「日常」との対比には幻影の猟奇性を際立たせる効果があった。
その上「日常」を象徴する家具は今度は火種となり、障害物ともなっている。
仲間を攻撃出来なかった。
炎に呑まれる寸前に、わたしは保護魔法の範囲を広げて目の前にいた女性の隊員を内側に入れた。とにかく火を消さなければと思い、続けて水を生成しようとする。
だがその瞬間。
はっとする。
振り返った彼女の瞳が正気を失っていた。
この迷宮制圧のために召集された九十八人の名前と顔を全て把握している。昔からの知己も多かった。蜜色の髪を一つに束ねた彼女が、他の隊員の婚約者であることも知っていた。
「いやああぁぁぁぁぁッ!!」
彼女の周りで空気が揺らぐ。魔法を生成しようとしていた。
「!!」
咄嗟に魔法の膜をもう一つ展開して自分を覆った。
空気の矢が至近距離で放たれる。
ドンッ!!!
彼女を覆っていた保護魔法を、わたしは解除したりしていなかった。
ただ保護魔法は基本的に外からの干渉を防ぐもので、内から外へ出ようとするものは妨げない。
魔法が跳ね返り、弾け飛んだ彼女の体が火の中へと落ちた。
「………‼」
精神が声にならない叫びを上げた。
火焔と氷。空圧や音波による攻撃。
屋内という限られた空間で、帝国最高クラスの魔法使い達が互いを攻撃し合った。
もう「幻影だ」といくら叫んでも声も届かない。
床も壁もあの机も全てが滅茶苦茶に破壊され、正気を保っていた者も仲間の攻撃で負傷した。
可能な限り死者を減らそうとしばらくは奮闘した。倒れている者に治癒魔法を掛け、誰かの攻撃から誰かを守った。そこまで持ち堪えられたのは紫水晶が全員正気だったからだと思う。だがそんなやり方で、いつまでも対処しきれる状況ではなかった。
このままでは全滅する。
「なんで出口がない?!!」
他の中隊長が叫ぶ。
出口はどこにも見当たらなかった。入って来た筈の巨大な扉さえ。
予定していた所まで書ききれず。
もしかしたら本日中にもう一度更新するかもしれません……(><;)