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30. 闇

最初に全部の扉を開いてみたのは、見付けておきたい場所があったからだ。


だが扉の向こうを確認することは出来なかった。巨大な扉の中は白い光に包まれていて、その奥を見ることは出来なかったのだ。それは魔法図書館の扉と同じで、予想していなかった訳ではない。


ただ中が見えない扉はくぐる時に、強い覚悟を必要とした。


そこに一歩を踏み入れると、扉を閉めてもいないのに突然闇に包まれた。



全身が総毛立つ。


何も見えない。


手足が切断される感覚があり、あの場所だと思った。



§

指揮系統を立て直すことは出来なかった。


誰が生きていてどう行動しているのかも分からないまま、わたしは大隊長ともう二人の中隊長と共に、上空を埋め尽くす氷の重量を保護魔法で受け止めていた。


「扉に入れ!!早く!!!」

「扉に入れ!!」


大隊長が叫び、中隊長であるわたし達も同じ命令を復唱して叫んでいた。


家族や親しい人間を失って座り込んでいる者や、動けない程の重傷者を周囲の者達が扉まで引き摺って行く状況で、混乱は凄まじかった。


四人掛かりの保護魔法にビキビキとひびが入り出す。



もう支えきれない。



ぎりぎりと思えた時に、大隊長が叫んだ。


紫水晶アメジストも退避!!!」


この時レベルゼの迷宮のために、帝国最高位の魔法使い「紫水晶アメジスト」が全員召集されていた。大隊長と中隊長に任命されていたのが四名の紫水晶アメジストで、最年少がわたしだった。


扉へ向かって飛びながら逃げ遅れている者がいないか、円筒形の広間を見渡した。だが広い床に散らばっているのが人体の一部なのか人間なのか、ぱっと見ただけでは判別出来なかった。


扉に飛び込む瞬間に取り残されていた遺体に気付いた。


「っ……!」


二人……!


どうすることも出来なかった。


顔が焼けただれていて誰だったのかも分からない。もしかしたらまだ息があった可能性もある。



でも助けられなかった。



「!」


はっと息を呑んだのは、突然視界が全て失われたからだった。

魔法を使って数人掛かりでようやく開けた扉が閉められた気配はなかった。なのに世界がいきなり暗転した。


扉があった筈の方向からドォ……ン、と、巨大な質量が落ちた轟音が響き渡る。


少なくとも二人が下敷きになった。精神的な衝撃は大きかった。


だがほんの数秒のあいだもなく、次の事態に対応しなければならなかった。


何も見えない。


光が一切ないのか、自分の目が見えていないのかも判断出来なかった。


砕けた氷が降り注いで来ないのが扉が閉じているせいなのか、答えは見えない。

仲間の気配はあるが視認は出来ず、凄まじい音のせいで声は搔き消された。


完全な闇。


今何かにぶつかりそうになっていても分からないと思い空中でとにかく静止したが、文字通りに状況が見えない中、無防備に止まるのは恐怖だった。


火を生成するのは簡単だったが躊躇ためらった。


この暗闇にはレベルゼの何かの意図がある筈だと思った。その意図が掴めなかった。


しかし何の指示も伝えられない内に、火はあちこちで灯されてしまった。


轟音が鎮まったのと仲間達の姿が見えたのはほぼ同時だった。



「うっ……!」

「うわああああああああああああああああああああッ!!」

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



絶叫が木霊した。




長い机が置かれていた。


その机の上に等間隔に並べられたものがこちらを向いていた。人間の頭部が九つ。


頭部の後ろに首の主の体がだらりと座っている。背もたれのある椅子が九脚、やはり等間隔に机の向こうに並んでいた。


自分の隊の人間が二人いた。どちらも子供の頃から知っている相手だった。


机より大きく広がっていた血溜まりから、強烈な臭いがする。




パニックが起きた。


灯された火のほとんどが消え、その中で何人かが机に駆け寄り、何人かが逃げ惑った。


あまりの事態に即座に対応出来なかった。わたしはただ落ちるように床に降りた。


次の瞬間。



ひゅんっ。



何かが空を切る音がして、また一人の首が飛んだ。


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」


ひゅんっ。ひゅんっ。



見えない刃は何度もわたし達に襲い掛かった。そしてその度に誰かの体が切断された。激しい動揺で火も保護魔法も保てなくなっているのだと思った。


「保護魔法を!!」


叫んだ時に自分の両足が切断された。


凄まじい痛み。体が崩れ落ちる。


「う……」


悲鳴を上げ掛けた時、微かな違和感に気付いた。


魔法を示す間もなく一方的に殺されている。レベルゼのやり方とは思えなかった。それに今、何が保護魔法を破った?



すんでの所で自分を取り戻した。



右足を出して転倒を回避する。たんっ、と足が石の床を打つ音がした。




幻影魔法だと気付けなければいけなかったのだ。




魔法使いが幻影魔法を掛け合った場合、魔力と技術が弱い方がより掛かりやすい。ただ幻影だと気付くことが出来、気持ちを強く持つことが出来ればある程度は抗える。


一方で、一度深く掛かってしまうと自分より弱い魔法使いに掛けられた場合でも簡単には抜け出せないのが幻影魔法だった。



生き延びるために必死に逃げ込んだ場所で突然視界を失った。


そこで仕掛けられた幻影にわたし達は心の準備がなかった。



「幻影だ!!」



声を張り上げて叫ぶ。


机の上に首など乗っていなかった。誰の体も切断されていない。


正気を保っていたのは数人だけだった。その数人で「幻影だ」と叫び続けたが、パニックを鎮めることは出来なかった。


「うわあああああっ、うわっ、うわっ……!!」


一人が何かを必死で振り払う様子を見せた。彼がどんな幻影を見せられているのか最早分からなかった。


迷宮には同士討ちを誘う罠が仕掛けられていることが多い。


使い古された手法でも効果的であれば、レベルゼはそれを排除しなかった。


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