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03. 世界の営みと魔法使い

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ、旦那様」

「何かあったのか」


こちらを振り返って出迎えてくれたみんなに尋ねた。

ここに住み始めて日は浅かったが彼らが休憩時間でもないのに固まって、しかも玄関先でお喋りをしていたことはない。


悪いことが起きたのではないとは思った。全員にこにことしていて、何か嬉しそうだった。

満面の笑みを浮かべて事情を教えてくれたのは、中年の女中だった。


「オーディーさんの娘さん、お生まれになったそうですよ!」


半瞬だけ息を止めてから目を上げると、仲間に囲まれていた初老の男性が控え目に微笑んだ。


「そうか。母子ともに無事なんだな」

「ええ、女の子だそうですよ!」

「おめでとう。後で何か、お祝いを贈らせて貰うよ」

「ありがとうございます。娘も喜びます」


目出度い知らせに、みんなしばらくはしゃいでいた。


ʄ


自室の椅子に、身を投げ出すようにして座った。

明度を感知して灯る魔道具のランプは、机の上や棚の上で既に柔らかな光を放っていた。


これまで世界中を移動しながら、わたしはずっと何かしらの仕事はしていた。魔法図書館の職員と違ってわたしの体は空腹に苦痛を覚えたし、衣類や生活道具も必要だったから。


ここの使用人の中で家令のオーディーだけは、わたしに付いてミラトルまで来てくれた人間だった。ここに来る前からわたしに仕えて家政を担ってくれている男で、女の子を生んだというその娘のアンのことは、彼女自身が赤ん坊の頃から知っている―――――――わたしはオーディーのことすら、生まれた時から知っているのだ。


慶ばしいことだったし実際にそうも思っていた。でもたまにこんなことが、ひどこたえることがある。


みんな流れて行く。


小さな赤子は子供になり大人になり、やがて家庭を持ち、いつしかわたしの年齢としを追い越して年老いて、みんなこの世を去って行った。


世界の全てが流れて行くのに、わたしはずっと川岸にいた。世界の営みから切り離された場所に、独りで、ずっと。



「………」


気が遠くなる程長い時間が掛かった。


でもあと少しだ。もう少しだけ知識を補完して、そうすれば。



やっと去って行った人達の所へ行ける。



もう寝支度をしようと立ち上がった。

明日あしたも魔法図書館へ行かなければと思った時。胸に小さく痛みを覚えた。



会いたかった。あの女性ひとに。




ʄʄʄ


昨日きのうはほとんど話せていないとは言っても、三日連続で訪ねて行くのはさすがにどう思われるだろう。

小さく葛藤した末、リスタがほかの来館者に対応していたら諦めようと心に決めて、その日は午後に図書館を訪ねた。


するとまたしても、わたしは意外な場面に出くわすこととなった。


「―――――――――何をされているのですか」


リスタは図書館の一角で、大勢の人達と沢山の道具に囲まれて何かの作業をしていた。

三日連続の再会をさすがに奇異に感じたと思うが、リスタは特段追及もせず答えてくれた。


「ここで子供向けの本の複製をしているのです」

「子供向け、ですか?」


予想外ではあったが、それだけではない何かがわたしを驚かせていた。


「この絵本を、なんとかして子供達に読ませてあげたくて」


そう言われて、複製をする理由は理解出来た。


子供用の本は世界中で書かれるようになってはいるが、遠い国の作品が身近に流通することはまずない。

だが魔法図書館には、道理の聞き分けが出来ないような幼い子供は入れなかった。

あの罰に、子供に手心を加えるような設定はないからだ。だから世界中の絵本がここにあっても、小さな子供がそれを手に取ることはない。


リスタは市民の協力者を募って、原本一冊につき一冊だけ複製本を作っては、街の子供用の図書館に寄贈していた。


リスタが笑顔で語る話を聴きながら自分の驚きの理由に気が付いて、そのことに驚いた。


その時まで気付いていなかった。


いつからだったのだろう。


わたしは子供や子供の話題を避けていた。


誕生と死は、自分が世界から切り離されていると思い知ることだったから――――


だが同じ時間ときを生きている筈のリスタは、愛おし気な表情かおで絵本のことを語っていた。まるで目の前に小さな子供を見ているかのように。そんな彼女の姿を見なければ、多分わたしは、自分が押し殺していたものに気が付かなかった。


何か分からない波が胸に立ち、それをどう収めればいいのか分からなかった。



「あなたは子供が好きなのですね」

「ええ、とても」

「わたしも手伝わせて頂けますか」

そう申し出たのは、ここに留まっていたかったからだ。

「まあ。何か本を探しにいらしたのでは」




「本ではなく、あなたに逢いに来たのです」




まるで愛の告白のようなことを言ってしまった自分に動揺した。


リスタはだが、「まあ」と、天気の話くらいにあっさりとうなずいた。




――――――――――――この時のわたしの気持ちは形容し難い。




結局、その日の夕方まで、わたしはその作業を手伝った。


一つ一つ独特な絵本の絵柄や色を、彼らは完全に再現出来ている訳ではなかった。

本当は魔法で元の絵本そのままに再現することも出来るのだが、協力者の人達の趣味も兼ねた集いと言うことだったので、使う魔法は最小限にした。


「魔法使いってみんなこんなにいい男なの?」

「わたしがもう少し若かったらねぇ」

「ねぇ、うちの娘の婿にならない?」


ご婦人方に左右を挟まれて、そんなことを言われた。


ちらりとリスタを見ると、完全に孫を見る目でにこにことしていた――――――。


読んで下さった方、ありがとうございます!


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