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29. 水鏡

疲労はすぐに回復した。

雷雲を造る杖を手に入れる時に火に巻かれたせいで服が少し焼けたが、火傷ももう癒えている。


三つ目の扉に今すぐ向かえる。だがその扉から無事に出て来られるかは分からないと思うと足が動かなくなった。


ひるんだのではない。


ただ残してきた人達に焦がれる、どうしようもなく強い想い。


胸に膨れ上がったものが勝手に大きな溜め息となった。


耐えられなくなりそうで怖かった。でももう一度会いたい気持ちが勝る。


「………」


息を整え、心の準備をする。それからその場に片膝を着き、わたしは遠視とおみの水鏡の中に水を生成した。

後は水鏡に魔力をそそいで、見たいと望む場所を念じるだけだった。


水面が微かに波立ったあと黄金こがね色の器の中に、ふいに街角の景色が現れた。


「……!」


その鮮明さに息を飲む。レベルゼの魔力とその技術が偉大であることだけは認めざるを得ず、複雑な気分だった。

騒めく気持ちを今は飲み込み、映った場所に注目する。


大きな家が建ち並ぶ石畳の道が家の近所であることはすぐに分かった。

見たいと望む場所の位置を正確に思い描くことが出来れば、水鏡もその正確性に応じた働きをするのだ。右へ左へと頭の中で想像すると、鏡の中の景色もまるで今そこを歩いているかのように動き、すぐに家へと辿り着いた。門番達の姿が見える。


ここに帰宅するつもりでいるから、ミラトルに貸与されていた家から退去する日は保留させて貰っている。使用人達にもまだ残って貰っていた。


念じると視点が動き、屋敷を高い位置から見降ろせた。


オーディーの姿が見えないかと思いしばらく探したが、彼が都合よく庭に出ているようなことはなかった。


わたしは彼がいそうな場所に当たりを付けると、屋敷の窓を探してみた。



窓の中は見えてしまうのか……



水鏡これが人手に渡ったらどんな使い方をされるか分かったもんじゃないなと思いながらも、今は窓を探させてほしかった。



四十年、寄り添ってくれた。



「終わらせること」ばかりに心囚われていた自分は、そのありがたみにあまり気付けていなかったと思う。


もっと早くに気付ければよかった。


オーディーは、わたしの家族だった。



ダイニングルームの窓を覗いた時にオーディーの姿を見付けた。ちょうど部屋を出ようとしている所だった。


オーディー!


胸の中で叫んでいたが、こちらの声は届かない。廊下へと出て行く彼の姿を、わたしは水鏡越しに見送った。


「――――――――――――」


姿が見えただけでもよしとしなければならない。


もう数秒だけその窓を眺め、それから気持ちを切り替えた。そしてもう一つ、別の場所を念じた。



魔法図書館。



世界中の地図にしるされているその場所は、少しのずれもなく一度で映し出すことが出来た。


十五年通い続けた場所。水路の中に建つ灰紫色の建物。五つの橋を今日も大勢の人達が渡っていた。


魔法図書館にある沢山の窓は外の世界とは繋がっていないため、覗くことが出来ない。


そのひとの姿を見ることは出来なかった。



リスタ―――――――――――――――――――



もう二週間が経っている。どれだけ心配させているだろう。もし自分が命を落としたらリスタをまた深く傷付けてしまうと、それを恐れている。


でもリスタも変わった。彼女はもう図書館を出られそうな気がする。たとえ自分が戻れなかったとしても、もう五百年も生も死もない場所に彼女が眠り続けることはない気がした。


彼女が図書館を出る日に一緒にいるのは自分でありたいと願うけれど。



思わず水面に手を伸ばす。


水に触れると温かかった。掌に風まで感じて驚く。


ミラトルの温度と空気。



リスタ。



リスタがもう図書館を出ているなんて思いもせずに、温かな場所に呼び掛けていた。



必ず帰るから。



そう語り掛けてから手を上げる。風を感じていた手は濡れもしていなかった。



「――――――――――――――――」



立ち上がり、三つ目の扉に向き合う。




そこがその(・・)扉だった。


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