28. 迷宮に眠る魔道具
ʄʄʄ
ガ……ン……
稲光が生じる度に、凄まじい衝撃が空気を揺らす。
宙に浮かんだ数百の白い石。階段状のこの足場の上を進む限りは、雷にも暴風雨にも晒されない仕組みらしい。嵐の中にいるとしか思えないが、濡れないし風が当たる感覚もない。ただ巨大な石礫が段の上方から大量に襲い掛かって来る中を上へと向かわなければならなかった。上方に魔道具の気配を感じる。
「っ………!」
バンッ!!
石というより岩の大きさの礫を砕きながら上へと飛ぶが、速度が落ちた。吹き荒れる嵐のゴウゴウという音。視界はほとんどなかった。足場を外れれば保護魔法で自分を包んでいても保護魔法ごと吹き飛ばされてしまうだろう。慎重に行きたいが、速度はあまり落とせない。下方からこちらに向かって次々と踏み石が落下し始めていて、崩落の先端がすぐそこに迫っていた。
出発地点が既に雲の高さの空中だった。この高度から吹き飛ばされたらそれだけでも危ない。それ以上に問題なのは、暴風に抗ってここまで戻って来るのが困難と思えることだ。
「うおおぉぉぉ……!」
砕いた石の中を飛びながら叫んでいた。
失敗は出来ない。
小箱も宝珠もまだ見つけられていない。
激しい雷雨の中で、行く手に白い何かが見えた。
そこへ飛び込んだ時には足場の全てが失われる寸前だった。床に体を打ち付けそうになり、前方へ何度か回転して勢いを殺す。
体がようやく止まった時。
さあっ……
「?!」
暗かった場所に急に光が満ちた。
嵐が嘘のように治まり、黒い雲が消えて行く。眩い程に透明感のある水色の空へと、ほんの数瞬で景色が変わった。
その光景を膝を着き、肩で息をしながら見つめる。
空に浮かぶ白い東屋。目の高さに薄い雲が散らばっていた。
本物の空ではない。レベルゼが異空間に造り出したものだが、ほぼ本物と変わらない。
寒い。保護魔法のお蔭で凍らずに済んでいるが、必要な情報まで遮ってしまうため外からの影響を完全には遮断出来ない。ここは高度の分だけ空気が薄くて、気温も低かった。
気にはなるが、地表を見るのは後回しだ。
ゆっくりと視線を転じる。
小さな東屋の中央に円筒形の白い台座があり、黄金色の器がそこに置かれていた。
「違う……」
失望の声が漏れた。
求めているどちらでもなかった。
六つ目。また違う。
徒労感に押し潰されそうになるのを堪えて立ち上がった。白大理石の床を歩いて台座の前に立つ。ほんの二歩の距離だった。
縁の装飾が優美な青銅製の器。台座の窪みにその丸い底が嵌め込まれている。まだ荒い息を鎮めながら手を伸ばして触れた。
遠視の水鏡―――――――――――
情報が頭に流れ込んで来る。
魔道具のほとんどは、魔力を持つ者が触れれば創造者がそれに授けた名称や使用方法が分かるようになっている。これは器に水を張ればそこに世界中の景色を映せる魔道具だった。
のみならず、顔を浸けて覗き込めば表面に映っていない部分も見渡せるし、温度や匂いまで感じ取ることが出来るらしい。
格違いだ。
背筋が寒くなる。レベルゼの魔道具はやはり他と比較にならなかった。
屋内の景色は見ることが出来ないと分かり、少しほっとする。レベルゼですらさすがにまずいと思ったのかどうか。
「――――――――――――――――――」
呼吸を整え、もう片方の手も添えた。
両手で台座から持ち上げると、人の顔がすっぽり収まる大きさの水鏡はそこそこに重量があった。
しかも嵩張る、と少し暗い気持ちで思った時、ふいに足元が揺らいだ。はっと視線を上げると、周囲の雲が凄い勢いで上へと流れて行く。
「落ちる……?!」
落下している。
東屋ごと。
「……………!」
外に飛び出そうとしてぶつかる前に気が付く。手を上げると見えない壁に触れた。
閉じ込められた!柱と柱の間に透明な壁が張られている。
つまりこの重量を宙に押し留めるか衝撃を緩和するかしなければ、東屋ごと地面に叩き付けられることになる。
――――――――いや、見えない壁も一緒に東屋ごと破壊するのも選択肢か。
ʄʄʄ
飛び出した勢いで反対側の壁にぶつかりそうになる。壁に魔力をぶつけ、反動で勢いを止めた。
円筒形の空間と九枚の扉。最初の場所だ。
真っ先に印をつけておいた扉を確認する。
爆発にも耐える扉と床はどれだけ傷付けてもすぐに再生するため、刻み付けるような印は付けられない。しかも扉は開けても自動的に閉まったので、目印に一ヵ所を開いておくようなことも出来なかった。
印は一つの取っ手に掛けた、強化魔法を施した鎖だけだ。
今出て来た扉と印の位置を確認すると、自分がちゃんと入った扉から出て来たのだと分かった。あの日全員で入った扉がどれなのかはまだ分からない。
ゴゥン……と重い音を立てながら勝手に閉まろうとしている扉の前に、ふらふらと戻り着地する。
腕に抱えた物を倒れそうになりながらそこに置いた。
大理石の上でがしゃりと音が立つ。
六つ目と七つ目。
遠視の水鏡と、雷雲を造る杖。
自分の左手を見る。
火傷の痕が消えて行くところだった。自分の体はまだ不死のままだ。
「―――――――――――――――――」
自分でも気付かない内に、突然解呪される可能性があった。解呪のためにここに来ているが、不死でなくなったらこの迷宮ではいつ命を落としても不思議ではない。
肌が粟立つ。胸にひりひりと恐怖を感じた。
今は疲労からの回復も早いし、長時間食べられなくても死にはしない。だが呪いが解ければその優位性も消えてしまう。
荒い息を吐きながらもう一度扉の印を見上げる。あれが心の支えに近い。
「――――――――――――――――」
唐突だった。
唐突に、リスタに剣に提げる紐を縫って貰った男が羨ましくなった。
なんで今頃―――――――――――五百年以上前の話だ。
そう思うが胸の波立ちが消えない。
今ここにリスタの物が何かあったら。
もし今度こんなことがあったら、リスタは自分にも何かくれるだろうか。
――――――――――――今度ってなんだ。
世界のどこかにレベルゼの迷宮がもう一つあったとしても、もう二度と行く気はない。自分でも何を考えているのか分からなくなった。
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