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27. 最初の勝負

ゴッ……


一瞬の間を置いて、光の矢が降り注いだ。肌をく熱。


保護魔法は展開しない。


数百年掛けて培った魔力と技術が体内を駆け巡り、上方へとほとばしる。


レベルゼの魔法とわたしの魔法が宙でぶつかり合った。



バンッ!!



「ッ………!!」



予想を超える反動。


跳ね飛ばされかけて空中に踏みこらえる。


巨大な空間がびりびりと鳴り、足元で大きく波がうねった。


体が下へと押される。


圧力に耐えて空を見上げた。



白い空。



何もなかった。――――――――陽炎かげろうのような揺らぎ以外、何も。



熱を失い小さな粒子となった物が上空を埋めていて、微かに乱反射していた。

成功したのだ。魔力の分解に。



ざ…………ん…………



高く上がった水飛沫(しぶき)が足を濡らす。それから音もなく唐突に、水面は大理石に戻った。


「……」


たんっ


再生された床に落ちるように着地した。息が荒い。鼓動も速かった。短距離を全力で走った時のような、急激な心拍の上昇。



まだ次がある――――――――――――――



今扉を開けることも出来るが、わたしは次を待った。

多分自分はレベルゼの想定から外れた行動をとっているが、次の魔法を止める程の逸脱ではない。

上方に目を凝らすと、ずっと高い位置にきらきらと光る物が無数に現れた。



ヒュン……



一気に落ちて来た。最初の光球より速い。


針のように細い、大量の氷の矢。


今度も保護魔法は使わなかった。矢を受けるように宙に高温の層を生成する。



―――――――――――――ざああああぁぁぁぁ………………



氷が熱の膜を通り、雨となって迷宮に降り注いだ。


蒸気の全てが大量の巨大な氷矢となったあの時に比べれば、ささやかなものだった。


あの時は保護魔法で矢を防いだ。だが氷の重量を受け止めきれなくなり、なんの計画もないまま全員扉の中に逃げ込むしかなかった。ダンテを抱きかかえたラメントの叫び声が今も耳に残っている。重症者の治癒をする余裕はなかった。


上を向いたまま雨を受け止める。



終わった。最初の勝負。



そんなつもりはなかったのに、涙が一筋だけ落ちた。


気持ちを落ち着かせるのにしばらくかかった。

溢れ出そうとする涙を数秒かけて抑え込んでから、わたしは白い空間を見渡した。

九枚の扉に囲まれた円形の広場。

落ちた筈の雨は吸い込まれたかのように消えていて、石の床は輝いていた。



「――――――――――――――――――――」


ここで死んでいった仲間達に一礼した。



一つ目が終わった。



心の中で静かに彼らに伝えて、ゆっくりと顔を上げた。



ふぅ―――っと、長く息をく。



どの魔道具がどの扉の向こうにあるかは分からないので、端から制覇して行くしかない。二十七個は九で割り切れる数ではあるが、魔道具が九枚の扉のそれぞれに三つずつ隠されているという保証もなかった。



リスタ―――――――――――――



その人の姿を思い起こして気持ちを奮い立たせた。

無意識に左手を見つめている自分に、一拍置いて気が付く。握り締めた手の感覚を追い求めていた。



本当はもっと触れたかったんだ。



今更ながらに気付く。


魔法の頂点の迷宮で数限りなく言葉を交わし合って、でもただの一度も抱き締めたことすらなかった。



呪いを解きたい―――――――――同じ時間を生きるために。




あの時数人掛かりでようやく一ヵ所だけ開けた扉。



魔力を放出すると、九枚の扉が広場の側へ一斉にいた。




ʄʄʄ


「おばあさん大丈夫?一人旅なの?」


向かいの席の若い娘さんが心配そうに尋ねて下さった。傍目はために分かる程具合が悪そうかしら。


鉄道と馬車を乗り継ぎ、馬車もない場所は歩いて、朝から晩までただ先へと進み続ける旅が老身にこたえていた。路銀が乏しくなって来て、食事もあまり摂れていない。


「ありがとう。今は座っているだけだし、大丈夫よ」

そう言いはしたものの、満席の乗合馬車は身動きもし難いくらいに客同士がくっついていて、乗っているだけでも体に辛かった。

「そう?よかったらこれどうぞ」

「まああ……。ご親切にありがとう」


包みを拡げ木苺を数粒分けて下さって、それが涙が出そうなくらいにありがたい。

身を乗り出して木苺を渡してくれた娘さんは微笑んで座り直すと、隣の男性に頭を持たせかけた。新婚なのだと言い、優しい新婦の手を握りながら、新郎もわたしに微笑わらい掛けて下さった。


馬車が出発してからもう随分長い時間が経っていた。寝ている人が少なくなくて、それから数分も経たない内に二人も手を握り合ったまま眠り出した。


胸が痛くなる。


アルトの手の感触が残る右手を、気付くと抱き締めていた。


もう一度手を握ってほしい。あんな風に身を寄せ合えたら。どうしてもっと早く図書館の外に出なかったのだろう。




アルト――――――――――――――お願い。生きていて。


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