26. 灼熱の迷宮
ひゅんっ
幾つもの光球が矢のような速度で横を通過して行った。
熱い。
凄まじい熱さだった。
触れなかったのに、保護魔法越しだったのに、「灼熱」と思える熱さ。
「最大強度……!!」
最大強度の保護魔法を。熱球の行方を追いながら叫んだ声がどこまで伝わったかは分からない。
光の球の直撃を受けた者達がいて、内何人かの保護魔法が破れた。ただ保護魔法を破られても、多くは熱球が体に触れることだけは回避した。後から思えば回避が容易だったのは、熱球の目標が人間ではなかったからだ。
その時、低い位置程多くの隊員がいた。水面の少し上辺りに一番隊員が多くて、その分回避のためのスペースに乏しかったが、更に下へと退がってはいけなかったのだ。
光球の最初の一つが水に接触した瞬間を見た覚えがある。その後の数秒は、何が起きたのか分からなかった。
ボンッ!!!!
鼓膜を破る音がして、体が上へと吹き飛ばされた。肌を焼く熱。
仲間達の絶叫が聞こえるのに、白い色以外何も見えない。わたしの保護魔法は崩壊を免れていたが、それでも熱さは耐え難かった。
水蒸気――――――――?
体を上へと持って行かれながら、ようやくゆっくりと理解した。
あの光球が水を蒸発させた……?
それだけでこんな爆発が起きるのか……?
魔法で生成された熱球が大量の水を一気に蒸発させる高温を持っていたのだとしたら、それ自体が驚嘆に値することだった。だがそれよりも、その熱が引き起こした物理現象の方に愕然とさせられた。
保護魔法は魔法より物理的な衝撃に弱い。
ぞっとした。
大勢の仲間が失われた予感がした。
長く感じられたがそこまでほんの数秒の出来事だったと思う。
蒸気が薄まり始め、爆風の勢いが衰えた。
落ちる。
この高度から今度は落下する。
まだ生きている者でも体を宙に保てなければ助からない。
「……!」
反転して真下を向いた。全身に激しい痛みがあり耳もおかしかった。だが治癒魔法を掛けている場合ではない。
上方に吹き上がる力が消えようとしており、一秒でも早く手を打たなければならなかった。
下に何か受け止める物を
祭壇の位置など既に完全に見失っていた。三百六十度真っ白で何も見えない。仲間の気配で距離を測った。
見えない下方にわざと強度を弱めた保護魔法を面状に、何重にも重ねて張る。
強度が高い保護魔法にぶつかれば床に打ち付けられるのと同じだ。魔法の膜を何度も破りながら落下する方が安全に勢いを殺せると思った。
咄嗟の判断でしたことは全く無意味ではなかっただろうが、あの「網」はどれ程の役に立ったのだろう。
地獄のような光景を突き付けられたのは視界が回復してからだ。
円筒の底は硬質の床に戻っていた。
その白い床の上に焼け爛れ、千切れた仲間の体が散乱していた。
「治癒魔法を!」
「生存者に治癒魔法!!」
「あ……ああぁぁ………」
「いやあああああああああああああああっ!!」
隊長とわたしを含めた中隊長達が「治癒魔法を」と絶叫する中で、一部の隊員が正気を失い掛けた。
肌が溶けた人間と呻き声。
九枚の扉の一つも開けない内に、わたし達は仲間の三分の一を失っていた。
この時女性も含めて、帝国最高クラスの魔法使い達が根こそぎ動員されていたことが色々な問題を生んだ。
魔力の量はほぼ血筋で決まっていたため、強力な魔法使い同士は関係が近いことが多かった。結果として兄弟姉妹や婚約者同士、恋人同士が隊の中に何組もおり、それがわたし達から冷静さを奪った。
別次元の問題として、女性の負傷も精神的に堪えた。生きて戻れたとしても火傷の痕が消えなければ、どうしても男より女性の方が人生に被る影響が大きい。
魔力の量だけで言えばわたしの魔力量が隊の中で一番多かった。だがこの時のわたしの力では、重度の火傷を完全に治癒することは出来なかった。
§
足元で床が消え、上空で熱が生じる。
扉の一つに目印を付けてから光球を見上げた。
一つだけ、レベルゼも想定していなかったのではないかと思うことがある。
微かな変化に気が付いたのは、呪いを受けてからかなりの年月が経ってからだ。
わたしの体は25歳で変化を止めていたが、月日が経つ程に魔力だけは増えて行った。
ゆっくりと少しずつ、五百七十年を掛けて。