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21. 魔女の一晩

ʄ


ただ一人、古くからアルトに仕えているという人にアルトが贈った魔道具を見た時、胸に強い痛みがあった。支えてくれていたのだろう人に贈った物の豪華さが、アルトの覚悟を突き付ける。


もう交通手段がないというのなら、歩いてでもアルトを追い掛けたい。なのに今日これ以上は動けそうになくて、自分が情けなかった。


「そのご様子で今から旅に出るのは無理です」


オーディーさんにも強く言われてうなずかざるを得ない。


ミラトルは治安のいい街ですが、物盗りがいない訳ではありません。そう言って、オーディーさんは客間の手配をして下さった。


「アルト様は鉄道で三日かかる距離を一日で移動されてしまいます。ただ到着してすぐに迷宮に挑むとは思えませんので、あるいは。――――――――どうしても行かれるのですか」


部屋の用意を待っている間にオーディーさんに尋ねられた。「はい」と応えて、宝飾品のような魔道具の箱を見つめる。



今行かなければ、わたしは二度とあのひとに会えないかもしれない。


想いを伝えられないまま。



アルト………



今どこにいるのだろう。今夜をどこで過ごすの。


魔道具の蓋は閉まったままで、彼の無事を伝えてくれている。

彼はまだ無事だと自分に言い聞かせながら、もう一度そっと木箱に触れた。また涙がこぼれるのを、わたしはこらえようともしなかった。



やがて女中の方が「部屋の用意が出来た」と知らせに来てくれて、そこまでその方とオーディーさんが案内して下さった。


アルトが暮らしていた場所、とに映る光景を見て思う。


椅子を見ても扉を見てもそこにいるアルトの姿が思い浮かんだ。


こんなに大きなお屋敷だとは思わなかった。でもあのひとはここにいたのだ。



案内された二階の客間はびっくりする程に広かった。


洗面室まで備えていて、水色と白を基調とする部屋にはここだけで暮らせそうに家具が揃っていた。二つの大きな窓。窓に寄せた机。ソファセットに鏡台。壁面一杯のクローゼット。天蓋付きのベッドは三人くらい寝られそうに大きくて、その上に白い寝間着が畳んで置かれていた。

全てが上品で落ち着いていて、でも華やぎもあわせ持っている。女中さんが早速、わたしのマントをクローゼットに仕舞ってくれた。


平民だったわたしが経験したことのない世界に気圧される。


巨大な帝国の魔法使いだったアルト。

もし六百年前に出会っていたら、わたしはアルトと言葉を交わすことすら許されなかったかもしれないと、ふと思った。


「お部屋の灯りとティーポットは旦那様がお造りになった魔道具です。ベッドサイドの石に触れて念じて頂ければ灯りはお好みの明るさに――――――――」


アルトが造った魔道具―――――――――――――


年輩の女中さんが手で示してくれた場所を見やった。


ベッドのサイドボードの上の小さな置き物。金細工の台に緑色の石が嵌め込まれていた。魔道具には魔力がない人間でも使えるように造られている物があり、これはもちろん、そういう物なのだろう。


その置き物と白いティーポットは贈り物とは違って、優美なのにシンプルで―――――――――彼そのもののようだった。


必要なことを一通り教えてくれた後、「ゆっくりお休み下さい」と言い残して、二人は部屋を出て行った。


一人になるとわたしは、ベッドの上に崩れ折れた。

五百年振りに感じる疲労。体は鉛のようだった。



眠れるかしら。



寝なければ、と思うけれど魔法図書館にいた五百年、わたしはほとんど眠ったことがない。不安の中でなんとか寝支度をした。


言われた通りに緑の小さな石に触れると、部屋の中のランプはゆっくりと暗くなって消えた。でも小さなその石が、代わりのようにエメラルド色に微かに光り、感心する。

必要な時にいつでも灯りを灯せるようになっているのね……。


魔力がない人達のためにこれを造ったアルトのことを想う。


横になって暗闇の中の天井を見上げた。


この屋敷の人達はみんな感じがよかった。門番の方も女中の方も。アルトとの関係性のよさが垣間見えるように。

なのにオーディーさん以外の誰も、迷宮のことも呪いのことも知らないなんて。



きっとアルトは孤独だったと思う。



「死もなければ生もない人生を生き続けたくはない」―――――――――――



わたしの手を握り締めてあのひとが言った言葉。



「あなたはどんな五百七十年を生きて来たの………」



涙が目尻からこめかみを伝い、耳に落ちた。


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