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17. 人間に戻る魔女

「駄目、行かないで」

はっと表情を強張らせたリスタがそう言った時。


胸の奥にずん、と重い衝撃があった。


リスタのその表情はこれまでのどんな時とも違った。

五百年以上前、戦場に送った相手が帰らないと知らされた日の、19歳だったリスタが胸にまざまざと浮かぶ。


わたしは彼女に同じ思いをさせようとしているのかもしれない。


そもそも迷宮への思いを封じたのは、リスタをこの岸(ここ)に独りにしたくなかったからではなかったか、


半瞬だけひるむ。


だが二日の間話し合い、考え抜いたわたしの決意はもう揺らがなかった。


今のまま何百年だって、わたしはあなたを訪ねて魔法図書館ここに通える。でもこの先の数百年のその自分を、わたしは「生きている」とは形容出来ない。



わたしはあなたと共に、生きたい。



「リスタ」



そのひとの手を取り、自分の胸の前で握り締めた。




「わたしはこのまま、死もなければ生もない人生を生き続けたくはない」




二日の間にミラトルとの雇用契約を解除し、万一に備えた必要な手配も終えていた。

翌日、朝一番で魔法図書館に行ったわたしは、受付けの補助職員にリスタへの手紙を託した。


会えば彼女はまたわたしを止めるだろう。リスタには会わずにわたしは街を発った。


必ず帰って来ます


街を出る時、手紙に書いた言葉を胸の中でも呟いていた。



まさかリスタがわたしを追って魔法図書館を出るなんて、想像してもいなかった。



ʄʄʄ


沢山の人達が図書館を去って行った。絵本作りの人達も何度も入れ替わったし、馴染みとなったお客様もいつしか見なくなり、大抵は、知らない間に亡くなった。


魔法図書館ここに来た時、自分が「魔法図書館の魔女」と呼ばれるようになるとは思っていなかった。


ほとんどの人達が百年も経たずに辞めると聞いた時には、自分もそれぐらいで辞めるのだろうと思っていた。思い入れとか決意とか、そんなものがあった訳ではない。


母が亡くなり、きょうだい達もぽつぽつと世を去り出して、自分の命の終わりも見えて来た時。家族を持たなかった自分の人生を少しだけ後悔して、最後にちょっとだけ楽しいことをしようと思っただけだった。


人生の最後に大好きな本に囲まれた暮らしをしよう。

それだけだった。


まさか「魔女」と綽名される程長く在籍することになるなんて。大勢の同僚達が「生きている気がしない」と言って退職して行ったけど、どうしてかわたしは平気だった。


なぜ、と考えた時、すぐに気付いた。


魔法図書館ここに来る前から、わたしは生きていなかったのだ。


出ようと思えばわたしはいつでも図書館の外に出られたと思う。

ただ外の世界に執着を覚えるものがなかったわたしには、魔法図書館ここを出る理由がなかっただけ。


でも緑の瞳の魔法使いと出会ってどれくらい経った頃だったのか。帰ろうとする魔法使いを見送ろうとしたある日、扉を出て行く彼を見て一緒に行きたいと思った。

一緒に扉を出たいと、それから何度も。



どうして自分の気持ちから目を逸らしていたんだろう。


何度も同じことを思ったのに。


アルトが見ている景色を見たいと、アルトが暮らしている場所を見たいと、何度も思ったのに。



「しばらく魔法図書館には行けませんが、必ず帰って来ます」


ことづけられた手紙を見た瞬間、胸が破裂しそうだった。



行かないで、アルト。



声もなく叫んでいた。



わたしでいいと言ってくれるのなら、きっと短い年月だけれど、わたしはあなたと、生きたい。



「魔法図書館の魔女」と綽名されていたわたしは、この日人間に戻った。



ʄ


これがアルトが見ていた景色。


五百年振りの街と道行く大勢の人達の姿を見て思った。


アルトはいつもどうやって図書館まで来ていたんだろう。彼の家は図書館からずっと離れていた。


「人間」に戻ったわたしの体はやっぱり老いていて、日が落ちる頃、ようやくアルトの家に辿り着いた時には、もう立っているのがやっとだった。疲労と空腹。五百年振りに体にし掛かる、重たい「生」。


門番が四人もいる大きなお屋敷を見て驚いて、途方に暮れる。でもアルト直筆の封筒を見せながら、必死に取り次ぎをお願いした。


「主人は今朝屋敷を発たれ、しばらくこちらには戻っていらっしゃいません」


困り顔でそう言われた時、間に合わなかったと知り、全身から力が抜けて倒れ掛けた。



やがて一人の門番の方がアルトからの封書を持って、門から玄関までの長いアプローチを走ってくれた。


すっかり夜だった。街灯にも屋敷の窓にも明かりが灯っていた。


しばらくすると、女中らしき人と高齢の男性が門番の方と一緒に駆け足気味に戻って来た。アルトからの手紙はその男性の手に渡っていた。


「家令のオーディーと申します」


名乗って下さったその方は、ようやくのように立っていたわたしを心配そうに見つめた。


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