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14. 魔法使いの求婚

ʄʄʄ


自分の手が止まっていることにも気が付かず、ぼんやりとしていた。


誰もいない向かいの席。


サンルームに差す朝陽の白さに、清々しさよりも空白を意識させられる。

絵入りの磁器の食器で饗された、一人分のお茶とお茶菓子。


食後のデザートを食すためだけの場所。


自治都市ミラトルがわたしに用意してくれた家は無駄に大きかった。わたしが家族を持つことを想定していたのだろう。


朝陽を一杯に取り込む、庭に張り出した優美な部屋。小さなサンルームの中央に置かれた円卓は一人用としてはやや大きくて、余計に空白が目立つ。お茶を楽しむだけだったら四人は座れるだろう。椅子は二脚だったが、その二脚すら一度に埋まることはないままだ。


わたし一人のために用意される食事。わたし一人のために手入れされる庭と、清掃される部屋。


こうなると分かっていたら、もっと小さな家にして貰ったのに。

ミラトル(ここ)に来た時は、こんなに長くここに留まるつもりではなかった。


使用人達も口には出さないが、いつまでも独り身で、それらしい相手すらいたことがない主人をさすがにいぶかしく思い始めているだろう。


年齢を誤魔化すのもそろそろ限界だった。


「アルト様……?」


声を掛けられて我に返る。


「そろそろお支度をされないと、間に合わないのでは……?」


オーディーがほぼ手付かずのわたしの皿を、困惑顔で見つめていた。

オーディーがわざわざ呼びに来るとは、と慌てて時間を確認すると、本当にぎりぎりだった。すっかりぬるくなっていたが、それでも芳香を保っていたお茶を急いで飲み干す。


わたしが食事を摂るのは、自分の体の秘密を隠すためでもあった。

本当は最低限の食事でいいのに、家の料理人はいつも手の込んだ料理を用意してくれた。


主人がずっと独身で来客も少ない家の料理人は楽ではあるかもしれないが、腕の振るい甲斐もないだろうな、と思う。せめてもと思い、食事は残さないことにしている。


小さなケーキを二口で、でもきちんと味わって食べて席を立つ。


「すまない、助かった」

「いってらしゃいませ」


見送られて部屋を出た。



ミラトル(ここ)に来てから月日が経って、オーディーも随分年老いた。


――――――――オーディーの子供らはすでに全員が所帯を持っていて、彼の孫は八人となっていた。



ʄ


朝の仕事を終えて、午後から「絵本の会」に参加した。

この会に出るのは一月振りのことだった。


「お茶はどう?」

「疲れているでしょう。こっちに座って!」

「……お気遣いなく」

「駄目よ!無理しちゃ!」


手伝いに来ているのだが、ここに来るとわたしは女性達にやたらと世話を焼かれる。到着して数分も経たない内に、腕を引かれてほぼ強制的に座らされた。女性達は全員既婚者なのでどうこうしようなどと思ったことはないのだが、未婚の女性だったら問題になりそうな距離を平気で越えて来るのが少し困る。


左右に座った女性に両側からがっちりと腕を絡められ、どう振りほどいていいものか悩む。


「こらこら、困ってるだろ」


年輩の男性がそうたしなめてくれたが、女性達は完全に聞き流していた。


窓際に立っているリスタをちらりと見やる。


と、魔女は無の表情でふいと目を逸らした。


「――――――――――――――――――――」



怒っているのなら、もっとそういう表情かおをしてくれればいいのに。



会が終わる頃には、わたしはすっかり気疲れしていた。


「帰らなくちゃ駄目かしらねえ」

「亭主が可哀想だろう」


男性陣に苦言を呈されながら、女性陣も扉をくぐって行く。リスタと並んでみんなを見送り、扉が閉まった時にはほっとした。これから机一杯に残された幾つもの道具や、描き掛けの絵を仕舞わなければならないが、その作業の間は二人だけだ。……でも先刻さっきから、リスタが無言だ。


「……リスタ」

「はい」


声を掛けると返事が返って来たが、平坦な声と無表情な顔が怖い。


言葉を探しあぐねた時。


「リスタさん!」


突然魔女の名を呼ぶ声がして、わたしもリスタも驚いて振り返った。声の主が最近よくリスタを訪ねて来る小柄な歴史学者だと分かって、二度驚いた。

リスタよりは少し年齢としが若そうな、だが高齢の男。

この時間にリスタは約束を入れたりしないだろうに、どうして魔女の居場所が分かったのだろう。


歴史学者はすぐに種を明かした。


「ここで本の複製をされていると聞いたので」

「……まあ……」

「――――――――――――――」


顔が強張る。


自分にとって半日リスタと一緒に過ごせるこの日は貴重で、大切な日だった。邪魔されたくなかった。だが集いの日は公にされており、隠すことは出来ない。


まさかこれから毎回来るのだろうか。


二人の横でわたしは立ち尽くしていたが、男にはわたしの存在が目に入らないようだった。


「今日は話があって参りました」

「……なんでしょう」

「リスタさん、わたしは魔法図書館の職員になろうと思います」

「え?!」


リスタが訊き返した時、わたしも驚愕していた。絶句しているわたしの前で歴史学者は片膝を着き、両手で押し戴くように彼女の右手を取った。


触るな。


胸の中で思わずそう言った。気持ちは穏やかではなかった。


「次の試験を受けようと思います。どうか待っていて頂けますか?」

「……『待つ』……とは……?」

「辞めずにいて下されば、それで結構です」

「……………………はい……」


リスタやわたしに、図書館の職員になりたいと言う人間を拒む権利などない。

公的にも私的にも、わたしは何かを言える立場になかった。


心底困惑した様子でリスタがこちらを見る。



「―――――――――――――――――――――――」



なぜそんなに申し訳なさそうな表情かおをするのですか?と、心の中で尋ねていた。



――――――――――――――――――なんの約束も交わしていないのに。




ʄʄʄ


呪いを解きたい。


今のわたしならあの場所を制圧できるかもしれない。


自信はあった。


だが絶対ではなかった。


リスタと共にいるために悲願を封印した。


だけど食事も共に出来ない。自分の部屋に来てあの本棚を見て欲しくても、リスタは図書館を出られない――――――――――――――




共にいたい。せめて約束された立場が欲しい。




「――――――――――――――わたしと結婚してくれませんか?」




その日魔法の頂点の迷宮で、魔女に告げた。




初めて逢った日から、十五年が経っていた。


読んで下さった方、ありがとうございます。

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