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13. 老学者との別れ

老学者に「二人にしてくれるかね」と頼まれて、付き添いの男性はわたし達から距離を取って控えた。


灰紫色の魔法の建物から無尽蔵と思える程に次々と人が出て来て、出口前の広場を横切り、対岸へと橋を渡って行く。帰路に付く人々の背中を、タウナ―とわたしは橋のたもとから見つめた。


夕陽の金色を浸食するかげが深くなり、橋と街で一斉に街灯が灯る。


「街灯の置き換えが無事に終わってなによりですな」


満足気に言った老人に、わたしは無言でうなずいた。


老学者は図書館を去ったあともミラトルに住んでいる。

街灯や排水の処理や、道路の清掃……魔力で動いていた多くの設備の置き換えを進めた十年で、わたしとタウナ―は何度か顔を合わせた。土木技術を専門としていた彼に、ミラトル(まち)が助言を求めることがあったからだ。学者としても人としても優れていた彼の活躍を、わたしはリスタにも何度か伝えている。


ただ既に高齢だった彼は、ミラトルに常時雇用されていた訳ではない。

老学者は悠々自適に暮らしており、旅行だの研究だのでミラトル(まち)を不在にすることも多かった。四年前に長期の旅行へ発ったと聞いてからは、帰宅の噂を聞かないまま時が過ぎていた。


「あなたはもしかして、わたしより年齢としが上ですか?」


ふいに尋ねられて息を呑む。わずかな沈黙のあと。わたしはぐっと顎を引いて応えた。


「知らずに数々ご無礼を働きました。お許しください」

「―――――いえ」


人生の終わりが迫り、余計なものを全て脱ぎ捨ててしまったからなのか。

風が吹くように自然に軽やかに告げられ、そのままに素直に心に届いた言葉。


隠していたのはこちらで、謝られるようなことではなかった。


寿命の終わりが見えている相手だから打ち明けられた部分もあった。それでも秘密の共有は、わたし達の関係を少しだけ変えたと思う。―――――――彼がもうすぐこの世を去ってしまう人間なのだとしても。


何か納得したようにうなずきながら、タウナ―は魔法の迷宮を一度ちらりと振り返った。そしてもう一度わたしに向き直った。


「わたしはもうすぐきますから、訊かせて頂いても?彼女が好きなのですか」

「……はい」


老学者が笑う。


「人生の最後にやきもちを焼くとは思いませんでした」

「―――――――――わたしもあなたに妬いています」


胸を焦がす妬心を素直に告げた。タウナ―はリスタの中で、かつての婚約者ともわたしとも違う位置を占めていると思う。


わたしの告白に、老学者は目をみはった。


「――――――――光栄ですな。ではこれを冥途の土産と致しましょう」


そう言って、タウナ―はまた朗らかに笑った。



それから老学者は橋を渡って行った。



見事な人だった。


夕闇が降りた橋のたもとで、その背中を見送りながら思った。



ʄ


巨大な本の迷宮はもう閑散としていた。

わたしはリスタの今日の持ち場である筈の場所に戻ったが、彼女の姿がなかった。


リスタ……?


こんな時間から客に案内を頼まれたとも思えない。魔力で探知すると、リスタは迷宮の深い場所にいた。


わたしは扉の広場に向かった。


幾つかの扉を抜けて目的の場所に着く。見回すと辺りはしんと静まり返っていて、誰の姿もなかった。だが近くにリスタの存在は感じた。それからすぐに彼女を見付けた。


格子窓の外で、魔女はこちらに背中を向けて立っていた。


魔法図書館の窓の外は、一つ一つ趣向の違う小さな中庭になっている。外には繋がっていないのに、その庭の上の空では太陽も星もちゃんと巡る。


薄闇の中で魔女は一人で立っていた。

追って来ない方がよかったのかもしれない。リスタは人目を避けたかったのだ、と今更気付いた。


同じ時代の同じ場所に生まれていたら、わたし達はどうなっていたのだろう。


タウナ―は魔法図書館ここに七十年いた。わたしよりタウナ―の方が彼女に近かった、わたしが知らない時間があるのだ。想像すると今も落ち着かない思いになるのは本当だ。


「……っ」


くぐもった声が聞こえてはっとする。


魔女が泣いていた。小さな庭で、声を殺して。



その姿を見た時突然、(たま)らない思いがした。



「……!」


掃き出し窓を開けようとして取っ手に手を掛けた。


だが次の瞬間、動けなくなって立ち尽くした。


ガラスの中に25歳の姿のまま時が止まった自分がいた。


読んで下さった方、ありがとうございます。

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