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光の扉

「ちょっとふざけんじゃないわよ。この光、どこまで走らせるつもりよ」


S級ハンターたちに捨て置かれ、性格の悪い声が頭に響き、道標の光を頼りにどれだけ走り続けただろうか。


もう時間の感覚はとうに失われていた。


ただひとつ、最初から今に至るまで一貫してわかることは、足を止めれば背後のゾンビたちの餌食になるということだけだった。


E級ハンターの私は、身体能力も体力も高くない。


それでもここまで逃げ延びられたのは、補助魔法で自分自身に回復と強化をかけ続けていたからだ。


魔力は走りながらでも多少は自然回復する。


その回復量と使用量を冷静に計算し、なんとか延命してきた。


しかし、魔力切れはすでに目前に迫っていた。


このままだと、やばい。本当にやばいわ。


心の中でそう叫びながら、私は悔やんでいた。


あのとき、S級ハンターたちを瘴気から救うために浄化魔法なんて使わなければよかった。


そうすれば、彼らはあそこで死に、私も魔力ポーションをもう一本持った状態で逃げ回れていたのに。


「はぁ、はぁ……くっそ、補助魔法が切れて足が……きゃっ!?」


限界を呟こうとした瞬間、地面から這い出てきたゾンビの腕に足を取られて転んでしまう。


這い出てくるゾンビがうめき声を上げるが、腐敗臭にも、腐った肉の色にも、すでに慣れてしまった私は眉間に皺を寄せて立ち上がった。


喉仏を掴んで睨みつける。


「なにすんのよ、このくそゾンビが」


感情のままに殴り飛ばすと、ゾンビの顔が「ぶちゃ」と潰れる。


だがすぐに後悔した。


手に、腐った野菜を握り潰したような不快な感触が残ったのだ。


「うわぁ、気持ちわる……。腐敗臭に慣れても、やっぱり臭いものは臭いわ」


手についた汚れを払い落とすが、次の瞬間、夥しい呻き声が再び耳に迫り、私はゾッとする。


追ってくるゾンビの数は減るどころか増えていた。


「冗談じゃないわ。もう走れないって言ってるのに……って、あれ?」


ふと、道標の光が指す方向に目を向けると、円形の光がぼんやりと浮かんでいた。


「まさか……出口? そうよね、そうに決まってる。悪運がようやく幸運に転じたのよ。もう、これに賭けるしかないわ」


自身を奮い立たせるように呟き、残りの魔力を振り絞って補助魔法を発動した。


よし、行ける。


だがその直後、背後からゾンビとは明らかに違う咆哮が聞こえてきた。


光を当てると、遠くにあの腐ったドラゴンの姿が目に飛び込んでくる。


「あいつ、なんで追っかけてくるのよ⁉」


私は慌てて駆け出した。


後ろを見てはならない。


見れば足が竦む。



これは、あの『魔笛』とやらの影響に違いない。


アルベルト、覚えてろ。


生きて帰ったら、あんたにあいつと全力で追いかけっこしてもらうわ、絶対に。


ゾンビの足音は遠のいたのに、地響きだけがどんどん大きくなってくる。


腐敗臭もより強く鼻を突いてくる。


間違いない、あいつが迫ってきている。


「……⁉ 見えた!」


希望の光が目に飛び込んでくる。


光の扉だ。


遠目には見えなかったが、間違いない。


あれは出口だわ。


これで助かる。


私は、生き抜いたんだ。


フシュウウウ……。


背筋が凍る。


横から、人ではない鼻息、巨大生物のそれが聞こえた。


横目で見ると、そこには腐ったドラゴンの横顔があった。


「は、はぁ~い。お元気かしら」


口元を引きつらせ、令嬢時代に習った笑顔を浮かべる。


ドラゴンの目がにやりと歪んだ。


うわぁ、ドラゴンって笑うのね。


知らなかったわ。


呆然自失になりかけたその瞬間、ドラゴンは跳躍し、光の扉の前に着地した。


行かせない、あるいは越えてみろとでも言わんばかり。


「いいわよ。やってやるわ。没落令嬢だの、E級ハンターだの罵られようが、ミシェル・ラウンデルの矜持ってもんがあるのよ」


私の言葉に応じるように、ドラゴンは翼を広げ、咆哮を放つ。


同時に、腐った肉片と刺激臭が飛んでくる。


そんなこと、気にしていられない。


魔力量は、感覚的にもうゼロに近い。


私は走りながらドラゴンに向かって杖を突き出し、叫んだ。


「ミシェル流補助魔法を見せてやるわ。超閃光スーパーフラッシュ!」


杖の先から、目が眩むほどの強烈な閃光が放たれた。


補助魔法に攻撃魔法はない。


だが、周囲を照らす『灯り』という魔法がある。超閃光はそれを応用し、通常より多くの魔力を込めて閃光を放つ。


虚仮威しに過ぎないが、効果はあった。


腐ったドラゴンは私を見失い、咆哮を上げながら暴れ始めた。


「今のうち……っ!」


足を踏み出すが、身体が「あ……」とふらつき倒れる。


「ざっけんなよ……。ここにきて魔力切れなんて。帰るんだ……アウラとレイチェルのもとに……」


必死に立ち上がり、光の扉へ向かう。


だが、体力も魔力も限界。


足は震え、走れない。


歩くのがやっと。


あと十歩、五歩、三歩。


その時だった。


背筋に走る戦慄。


聞き覚えのある鼻息が背後から聞こえ、首筋に生暖かい風が当たる。


おぞましい殺気と悦に入った視線が全身を貫いた。


「……ちくしょうめ。腐ったドラゴンの餌にも、ゾンビの仲間にもなってたまるか。私は……私は、アウラとレイチェルのところに帰らなきゃいけないんだああああっ!」


振り向きざま、私は腰に差していたアウラとレイチェルからもらった短剣を逆手に抜き、がむしゃらに振り下ろした。


すると、偶然にも短剣は腐ったドラゴンの片目に突き刺さる。


ドラゴンは咆哮を上げ、苦しみ暴れ、その衝撃で吹き飛ばされた私は、光の扉へと飲み込まれていった。


そして、私の意識は闇に沈んだ。






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