ダンジョン探索
「すごい純度の魔鉱だわ」
「はは、こりゃすげぇ。いくらでも取り放題だぜ」
ダンジョンに入って早々、周囲を照らすと、そこには様々な色を持つ巨大な魔鉱が所狭しと並んでいた。
ダンジョンの造りを見渡せば、無秩序に並ぶ墓石、骸骨を模した塔、荒れた大地の上には無数の髑髏が転がっている。
悪趣味にもほどがある雰囲気だ。
しかし、そんなことなどお構いなしに、プリシラは目を輝かせ、バーストンは高らかに笑い、ランティスも平静を装いつつ口元が緩んでいた。
「ふっ、ふふふ……。やった、やったぞ。僕はとうとうやり遂げたんだ。これでハンターズギルドに、いや歴史に僕の名が残るぞ!」
アルベルトは歓喜に震えていた。その姿はもはや狂気じみてすら見える。
だが私は喜べなかった。
これだけ純度の高い魔鉱があるということは、それだけこのダンジョンの魔力濃度が高いということ。
つまり、S級ハンターですら見たことのない、高難易度のダンジョンである可能性が高いのだ。
「あ、アルベルトさん。もう十分です、早く脱出しましょう」
「ミシェル、この期に及んで何を言っているんだ。ここは宝の山だぞ? まだ見ぬ遺物だってきっとある。まだまだ探すぞ」
「で、でも……」
私が危険を訴えようとしたその時、地面がぐらりと揺れた。
地震かと思ったが違った。
地面から腐った手や頭がぬっとせり出し、腐敗臭が鼻を突く。
腐った肉を引きずり、現れたのは亡者ことゾンビである。
思わずたじろぐが、アルベルトは笑みを浮かべたまま剣を抜き、現れたゾンビを次々と切り伏せていく。
「ミシェル、俺のそばを離れるな」
「は、はい!」
バーストンが私の背後に立ち、守るように構える。
プリシラは炎魔法で、ランティスは弓・剣・魔法を駆使してゾンビたちを次々と薙ぎ払っていく。
しかし、ゾンビたちは際限なく呻き声と共に湧き出てくる。
「E級没落令嬢、さっさと補助魔法を発動しなさい。こいつら、弱いけど数が異常だわ」
「わ、わかりました……!」
癪だけど、今は反論している余裕はない。
私は全力で魔力を注ぎ、補助魔法を発動した。
魔力を使い果たし、思わず膝をつく。
「へぇ、E級でも補助魔法は補助魔法ってわけね。これならいけるわ。アルベルト、一気に焼き尽くすわよ」
「わかった。全員、バーストンのもとに集まれ」
バーストンを中心に集まると、プリシラが跳躍して炎魔法を展開。
爆音と共に炎が辺りを焼き尽くし、ゾンビは灰と化した。
「ふぅ、これで終わりね」
「お疲れ、プリシラ」
ランティスが空から降りてきたプリシラを受け止める。
私はバーストンの陰からS級ハンターたちの力を目の当たりにし、ただ驚くばかりだった。
D~B級、時にはA級ハンターに同行したことはある。
でも、S級の力は桁違いだ。
これだけの力があれば、未踏のダンジョンを好機と捉えるのも当然かもしれない。
もし、私にもこの力があったなら。
E級ハンターであることを、こんなにも悔しいと思ったのは初めてだった。
「あれ……。ゾンビの肉片が動いてる?」
私は自分の目を疑った。
焦げた肉片や斬り捨てられたゾンビの破片が、一か所に集まり始めたのだ。
「なんか嫌な予感がするぞ。プリシラ、ランティス、魔法を撃て。僕も斬撃を飛ばす」
アルベルトの指示で一斉に攻撃が放たれ、肉片に命中。
爆音と煙が辺りを包んだ。
「……倒せたか?」
アルベルトが剣を構えたまま見つめていると、爆煙の中から赤い光が閃いた。
次の瞬間、狂風が煙を吹き飛ばし、強烈な腐敗臭が鼻を突く。
現れたのは、赤く爛れた肉と骨に覆われた、ゾンビ化したドラゴンだった。
腐った翼を持ち、赤い目で私たちを見据えている。
「う、嘘……」
その咆哮に耳を塞ぎながら、私は身がすくんだ。
「怯むな。こいつが階層ボスだ。倒すぞ!」
アルベルトの号令で戦いが再開。
私は魔力ポーションを飲みながら、補助魔法を繰り返し発動し続けた。
どれくらい経っただろうか。
ふと気づけば、魔力ポーションはあと一本しか残っていない。
「アルベルトさん、残り一本です!」
「くっ、俺たちはS級だぞ。こんな腐ったドラゴンに負けるわけがない」
彼が切りかかるも、刃は弾かれた。
ドラゴンは赤い目を細め、大口を開けて黒い煙を吐き出す。
「っ……!」
腐敗と汚物を混ぜたような激臭に目、鼻、口、喉が焼かれるような感覚。
私はすぐに気づいた。
「これ、瘴気だわ……」
過去に一度だけ、瘴気を持つ魔物と戦ったことがあった。
瘴気は体力を奪い、毒にし、最悪の場合は呪われる。
「皆さん、これは強力な瘴気です。私のそばに集まってください、浄化します」
「わかった、頼む!」
全員が集まると、私は全力で浄化魔法を放った。
「はぁ、はぁ……。これで何とか……でも、魔力ポーションはこれで最後です」
「……そうか。なら、残念だが引き時だな」
「ち、しょうがないわね」
「まぁ、命あっての物種だ」
アルベルトが渋々頷き、他の面々も悔しげな表情を浮かべる。
「アルベルトさん、皆さん。お力になれず、申し訳ありません」
「いや、君はよくやってくれた」
そう言って彼は目を細めた。
「渡した帰還石の使い方だが、少し魔力を注ぐ時間が必要だ。僕たちが時間を稼ぐ。その間に、君は少し離れた場所で使ってくれ」
「……はい、わかりました」
私は少し離れた岩陰に隠れ、帰還石を取り出す。
「アウラ、レイチェル……お姉ちゃん、ちゃんと生き延びたよ」
魔力を注ぎ、帰還石が赤く光る。
だが、次の瞬間、鋭い音と共に砕け散った。
「え……?」
転移しない。
何が起こったのか理解できないまま振り返ると、ドラゴンが咆哮を発してこちらに突進してくる。
「な、なんで⁉」
間一髪で避け、壁に激突したドラゴンが瓦礫に埋もれる。
だが、気が抜ける暇もなく、アルベルトたちの笑い声が響いた。
「あっはは、よくやってくれたよ、ミシェル。君に渡したのは帰還石じゃなく、『魔笛』だ。魔物を引き寄せる魔道具さ」
「え……どうして……」
「帰還石には発動に時間がかかるのは本当なんだ。それで、君に『囮』になってもらう必要があったんだよ」
言葉の意味を理解できず、私は一歩、彼らに近づく。
「じゃ、じゃあ私も……!」
「だーめ」
プリシラが冷たく笑った。
「この帰還石、四人までしか使えないの。短い間だったけど、楽しかったわ、没落令嬢」
「すまないが、これも運命だ」
「でも、保険には入ったんだろ? 君の家族には金が残る。よかったじゃないか」
「ちょっと待って……お願い、待ってください!」
彼らが転移魔法に包まれる。
その光に手を伸ばした瞬間、火球が私を弾き飛ばした。
プリシラの魔法だ。
「うるさいのよ、E級没落令嬢。命の価値を考えなさい。S級ハンターの代わりはいないけど、E級の補助魔法使いなんて、いくらでもいるのよ」
「その通り。君は利用されたのさ。帰還石もポーションも保険代も、僕たちが『与えてやった』ものだよ」
アルベルトの顔を見た瞬間、私は思い出した。
私たちを騙した、あの男と同じ目、同じ笑い方だった。
「ざっけんなよ……S級ハンターがそんなに偉いっていうの⁉ アルベルト、プリシラ、バーストン、ランティス。私は絶対に生き延びて、お前たちにこの手で鉄槌を下してやるわ」
「ふふ、楽しみにしてるよ。でも、まずは生き延びてみなよ。じゃあね、E級没落令嬢さん」
アルベルトが白い歯を見せた瞬間、光と共に彼らの姿は消えた。
ダンジョンから脱出したのだ。
「ざけんな……ちくしょう……!」
涙を袖で拭き、私は当てもなくダンジョンの奥へと走り出した。
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