ミシェルへの手紙2
カイネの返事が脳裏に聞こえると、虚空に小さな光の球が現れた。
次いで、その中から二通の封筒が私の手元にゆっくりと降りてくる。
『お姉ちゃんへ』
『姉さんへ』
封筒の表に書いてある文字で、これが本当に二人が書いてくれたものなんだと実感する。
裏を見れば、ちゃんと『レイチェル・ラウンデル』と『アウラ・ラウンデル』の名前が記してあった。
『没落貴族と後ろ指を指されようとも、私たちはいつ、いかなるときも『ラウンデル』の名前を背負っていこう。父上と母上が私たちを生んで、育ててくれた証になるから』
全てを失い、新しい土地に住むようになった時、三人で決めたラウンデル伯爵家としての意地であり矜持だった。
二人とも、私がいなくてもちゃんとしてくれているのね。
目頭が熱くなるなか、私はレイチェルの名前が書かれた封筒を丁寧に開けて中の手紙を取り出した。
相変わらず、可愛らしい丸文字だ。
『ミシェルお姉ちゃんへ。
お姉ちゃん、レイチェルだよ。
カイネ様からの神託。
お兄ちゃんと一緒に聞いてとっても驚いちゃった。
でも、お姉ちゃんが無事って知れてすごく嬉しかった。
神域の中でも、ちゃんとごはん食べてる?
ちゃんと寝てるかな?
お姉ちゃん、無理しちゃうところあるからちょっと心配。
詳しいことは、カイネ様に教えられないって言われちゃったけど、お姉ちゃんが神域でとっても頑張っているって聞かされました。
すごいなあって、ほんとうに思う。
でも、がんばりすぎないでね。
こわくなったら、ちゃんと「こわい」って思ってもいいし、泣きたくなったら泣いてもいいんだよ。
レイチェル、どんなお姉ちゃんも大好きだから。
それとね……。
お姉ちゃんが帰ってきたら、みんなでまた一緒にごはん食べようね。
あったかくて、安心できて、美味しいごはん。
私、あの時間が大好きなんだ。
だから、必ず帰ってきてね。
大好きで尊敬するお姉ちゃんへ。
レイチェルより』
「……レイチェル、ありがとう。私も早く一緒にご飯が食べたいわ」
もし、レイチェルが目の前にいたら力一杯に抱きしめて、私の想いを伝えられるのに。
鼻を啜り、服の袖で頬を伝う涙を拭うと、私は息を吐きながら上を向いた。
涙が溢れて止まらなくなりそうだったからだ。
涙が落ちれば、せっかくのレイチェルからもらった手紙が汚れてしまう。そんなの、絶対に嫌だわ。
「あぁ、駄目ね。辛いことが多かったせいか、ちょっと涙が止まらないわ」
『大丈夫です。ゆっくりとご覧になってください』
脳裏にカイネの声が聞こえる中、私はすすり泣いた。
ずっと一人で立ち向かって心細かった気持ちがとても軽くなった気がする。
暫くして感情が落ち着いてくると、私は深呼吸をして二枚目の封筒。
アウラ・ラウンデルの名が記された封筒を丁寧に開け、中身を取り出した。
アウラは、普段から憎まれ口っぽいことを言いつつも、何だかんだ私のことを心配してくれる。
ここに来る前も『僕も働く』って言っていたし、止むを得ないとわかっていても私がハンターを生業としていることを『危ないから止めなよ』と、ずっと反対していた。
神域で見殺しにされてしまった事実を考えれば、今さらだけれど忠告をもっと真剣に聞いておくべきだったかしらね。
後悔、先に立たずだわ。
大人びた性格同様、アウラは筆跡も歳不相応に達筆なのよね。
私の字を見るたび『姉さんって、本当に字が汚いよね。どうしたらそんな字が書けるのか。不思議でしょうがないよ』といつも肩を竦めていたっけ。
でも、必ず『まぁ、姉さんの字はその分、愛嬌があって僕は好きだけどね』と付け加えてそっぽを向いていたのよね。
「……アウラのことだから、いわんこっちゃないとか。手紙でも怒られそうね」
『ミシェル姉さんへ
ほら、いわんこっちゃない……って僕が怒ると思ってたかな。
残念だけど、外れ。
ミシェル姉さんが無事で生きていると知った時、僕は心底ほっとして柄にもなく泣いちゃったんだからね。
ハンターズギルドとS級ハンターの人達から、姉さんが事故死したって聞かされていたんだ。
怒る気力もなかったよ。
カイネ様から神託があった時、本当に驚いたんだ。
あんまり人を心配させて泣かせないでよね。
僕、ちょっと眠れなかったんだから。
いや、ほんのちょっとだけど。
今、姉さんがどんな状況にいるのか。
カイネ様は詳細を教えてくれなかったから想像もつかないし、わからない。
だけど、僕は信じてる。
姉さんは、絶対に帰ってくるって。
だって、姉さんだもん。
父上と母上が亡くなって僕が塞ぎ込んだときも、レイチェルの笑顔に悲しみが溢れたときも、誰よりも明るかった。
身内に騙され、全てが奪われた姉さんが、きっと一番悔しくて、泣きたかったはずなのに。
だから、姉さんならどんな困難だって乗り越えるって、僕は信じて待ってるよ。
帰ってきたらさ。
あんまりカッコつけずに、ちゃんと頼ってよね。
僕はラウンデル伯爵家の嫡男で、姉さん自慢の弟なんでしょ。
僕だって役に立てるんだから。
追伸、出かける前に渡した短剣をちゃんと使ってよ。
姉さん、御守りとか言って大事にしそうだからさ。
あの短剣は、姉さんの身を守るためにあげたんだから。
じゃあ、またね。
毎日、僕が腕によりをかけた料理を作って待ってるよ。
レイチェルと一緒にね。
アウラより』
「あぁ……。また、駄目ね」
名文だわ。
私は再び鼻を啜り、上を向いた。
この手紙、誰がなんと言おうと一生の宝物にしましょう。
アウラ、あの子が泣いたことを手紙に書くなんてね……。
きっと、本人も不安で押し潰されそうなのに、自分のことより私のことを心配してくれているのね。
二通の手紙を胸に抱きしめ、感慨に耽っていた私は再びアウラの手紙に目をやった。
すると、大事にしたいのに、どうしても手紙を持つ手に力が入ってしまう。
それにしても、だ。
頬を伝う涙を拭うと、私は手紙の一文を睨み付けた。
ハンターズギルドの職員はともかく、あのクソS級ハンターども。
S級ハンター 剣士 アルベルト・カトルナフ
S級ハンター 攻撃魔法士 プリシラ・マレリー
S級ハンター 大盾戦士 バーストン・ダヴィネス
S級ハンター 魔剣士 ランティス・アイヴァン
お前たちが私を見殺しにしたくせに、よくもぬけぬけとアウラとレイチェルのところに顔を出したもんだ。
おまけに『事故死』と伝えた、ですって?
どの口で伝えて、どんな目で二人を見ていたのよ。
きっと表向きは悲しみながら、内心では私を馬鹿にし、絶望したアウラとレイチェルの様子を嘲笑っていたに違いない。
そうに決まっている。
奴らに神域で見殺しにされたから、私はクソ神ネルヴィアに出会い、祝福を授けられてカイネに出会えた。
だからといって、感謝なんて絶対にするもんですか。
鉄槌よ、鉄槌。
地上に出た暁には、クソS級ハンター共を地の果てまで追いかけ、鉄槌を下して追い落としてやるわ。
レイチェルとアウラの手紙で感動した反動か、気付けば悲しみと寂しさは烈火の如き怒りに変わっていた。
改めて誓うわ、私はどんな困難があろうとも乗り越えてみせる。
必ず地上に帰って二人をこの胸に抱きしめ、S級ハンターどもにはこの手で鉄槌を下すのよ。
「カイネ。これ、返せとかいわないわよね」
鼻声で虚空に向かって尋ねると、すぐに澄んだ声が聞こえてきた。
『はい、そちらはレイチェルがミシェルのために書いたものですから。ただ、所持アイテム枠を使ってしまうのでご注意ください』
「わかったわ。まぁ、返せと言われて返さないけどね」
この手紙は私の宝よ。
アイテム枠が埋まっても絶対に手放してなるものですか。
棄てるなら、神力の杖をまず捨てるわよ。
ステータスが足りない嫌がらせ武器なんて、ただの呪いだもの。
アイテムなんかと二人の手紙を一緒にしないでほしいわ。
二人からの手紙を手持ちのバッグに入れようとするが、ふと思った。
……このまま入れると、絶対にぐしゃぐしゃになるわよね。
「ねぇ、カイネ。この手紙、神力の杖とか腐った屍肉みたいに別次元というか、どこかにしまえないかしら」
『できますよ。ミシェルが移動させたい物を手に持った状態で(所持アイテム枠へ)と念じれば、移動できるはずです』
「あら、そうなの? じゃあ、早速……」
言われた通りにやってみると、手紙は光を纏ってふっと消えた。
メニューを呼び出して、【所持アイテム一覧】を確認すると『レイチェルの手紙』と『アウラの手紙』というアイテムが増えている。
「すごい。でも、これってかなり重要なことじゃない? どうして教えてくれなかったのよ」
『それは……聞かれなかったので』
「は……?」
カイネ、言葉にちょっと間があったわよ。
私が聞かなかったのも事実だけど、多分、忘れていたわね。
まぁ、ヘルプには書いてあったんだろうし、カイネにはお世話になってきてるから、これしきのことで怒るような真似はしないわ。
クソ神だったら、怒号ものだったけどね。
「そ、そうなの。まぁ、そういうこともあるわよね」
苦笑しながら頬を掻いていると、カイネが誤魔化すように咳払いをした。
『それではもう一つの吉報。レベル11になったことで解放された【デイリークエスト】について説明に移ります。よろしいですか』
「デイリークエスト、ですって?」
またよくわからない単語が出てきた。
デイリークエストってことは、ハンターズギルドにもある日雇い仕事みたいなものかしら。
私は首を傾げつつも、一言一句聞き漏らさないように虚空に向かって身構えた。
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