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ミシェル・ラウンデル

「さぁ、皆で手を合わせましょう」


朝食の準備が終わり、食卓の椅子に座りながら私が声をかけると、10歳になる弟のアウラと5歳の妹レイチェルがこくりと頷いた。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


「いっただきまーす」


私の言葉に続いたのは、年齢のわりに大人びた雰囲気を持つアウラ。


彼は私と同じ茶髪とオレンジ色の瞳をしている。


次いで元気な声を発したのが、妹のレイチェル。


彼女は私たちよりもやや明るい茶髪に、濃いオレンジの瞳をしていて、多分将来は私よりも美人になるだろう。


「……姉さん。やっぱり、僕も働こうと思うんだ」



食事の手を止め、アウラが重々しく口を開いた。


でも、私はすかさず首を振った。


「だめ。その話は何度もしたでしょ。あなたはラウンデル伯爵家の嫡男なの。家の再興のため、働くなんて考えずに、今は勉強だけに集中して」


「だけど、僕は姉さんがハンターになってダンジョンに行くのなんて、望んでないよ」


「アウラ、いつも心配してくれてありがとう」


私は目を細めて微笑んだ。


そして「でもね……」と続ける。


「私たち三人だけで暮らしていくには、どうしたってお金が必要なの。仮に三人がそれぞれ別の仕事をしても、今より稼げないわ。ちゃんと計算してるのよ。あなたも、わかってるでしょ?」


「それは……」


言葉に詰まったアウラは、決まり悪そうに俯いた。


私、ミシェル・ラウンデルの仕事は、ダンジョン探索に向かうハンターたちに同行して、補助魔法で支援すること。


E級ハンターは数多いけれど、幸いなことに私は扱える人の少ない補助魔法を使える。


町のハンターズギルドに顔を出せば、どこかのパーティーに同行させてもらえる可能性が高い。


一攫千金を狙っているわけじゃない。


アウラとレイチェルを養うため、私はフリーハンターとして活動しており、危険なダンジョン探索に深く潜るのはできるだけ避けていた。


『魔鉱』の採掘とか、比較的安全な依頼でも動向すればそれなりの報酬が得られる。


命の危険がゼロというわけではないけれど、アウラに勉強させながら家族が暮らしていけるだけの収入を得られる仕事は、これくらいしかないのだ。


「ねぇ、お姉ちゃん。時間、大丈夫?」


「えっ、あ、本当だ」


レイチェルに言われて時計を見れば、もう家を出ないとハンターズギルドの日雇い募集に間に合わない時間だった。


ハンターの請け負う仕事は難易度がまちまちで、危険度が低くて報酬が比較的多い依頼は誰もが狙っている。


特に力のないE級ハンターにとって、それは生活を支える命綱だ。


「じゃあ、お姉ちゃんそろそろ出るね」


「はーい」


「姉さん、無理はしないでね」


「もちろんよ」


アウラとレイチェルに微笑みかけて、私は簡単に身支度を整える。


汚れるのが前提の、動きやすくて丈夫な薄灰色の長袖と長ズボン。


動きの邪魔にならないサイズでたくさんの荷物が入るリュック。


そして、補助魔法を発動するための杖。


令嬢時代のおしゃれなドレスや装飾品とは正反対の格好。


でも、もう慣れた。


むしろ、今ではこっちの方が快適だと思っている。


「お兄ちゃん。お姉ちゃん出かけちゃうよ」


「あ、そうだった。姉さん、渡すものがあったんだ。ちょっと待ってて」


レイチェルが口を尖らせると、アウラは慌てて別室から短剣を持ってきた。


「これ、どうしたの?」


「レイチェルと一緒に選んだんだ」


「お兄ちゃんと、少しずつお小遣いを貯めたの。それなら実用的だし、御守り代わりにもなるでしょ」


目尻が熱くなった。


お小遣いなんて、ほとんど渡せていないのに。


ここに引っ越してきてから、ずっと貯めてくれていたのだろう。


「ありがとう。見てもいい?」


「うん、もちろんだよ」


私は涙を袖でぬぐい、鼻をすすりながら短剣を受け取ると鞘から抜いてじっくり眺めた。


装飾は一切施されていないけれど、刃こぼれや歪みもなく、美しい刀身だった。


名もなき職人が丹念に作った掘り出し物かもしれない。


「すごい……よく見つけたね」


「一応、元貴族だからね。目利きには自信あるんだ」


アウラが得意げに笑うと、レイチェルが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「それね、私が見つけたの。それで、お兄ちゃんが『これだ!』って決めたの」


「そうなのね。二人とも、本当にありがとう」


私は二人を力いっぱい抱きしめた。


どんな困難があっても、この子たちの未来だけは絶対に守ってみせる。


亡き両親のためにも。


「じゃあ、名残惜しいけど、そろそろ行くね」


「うん。気をつけてね」


「お姉ちゃん、今日は私とお兄ちゃんで晩ごはん作るから、楽しみにしてて!」


「わかった。楽しみにしてるわ」


私は短剣を腰に差し、玄関の扉を開けた。


ちょうど朝の日差しが差し込み、眩しさに目を細める。


「あら、今日は特にいい天気。良いことがありそう」


「いってらっしゃーい」


無邪気に手を振る二人に見送られながら、私は颯爽と歩き出し、町の中心にあるハンターズギルドへ向かった。



ハンターズギルドに到着して中に入ると、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。


朝一番なら日雇い募集の掲示板に人だかりができているはずなのに、今日は煌びやかな装備を身に着けた四人組がその前に立っていた。


なんだろう、あの人たち……。


とにかく、あまり関わらないほうがよさそう。


そう思って、私は馴染みの受付嬢がいるカウンターへ向かった。


「おはようございます、マリンさん」


「おはよう、ミシェル」


笑顔で応えてくれたのは、水色の髪と瞳を持つ女性マリン・クロフォードさん。


私がこの町に来てから、ずっと親切にしてくれている人だ。


「なんだか今日は、ギルドの雰囲気が違いますね」


「そうなの。町外れに定着型の新ダンジョンが出現したらしくて、大騒ぎなのよ」


「えぇ⁉ 突発型じゃなくて定着型なんですか?」


私は思わず目を見開いた。


ダンジョンには大きく分けて二種類ある。


ボスを倒すと消滅する突発型と、倒しても消えず、一定周期で再びボスが現れる定着型だ。


定着型ダンジョンは継続的な資源採掘が可能なため、突発型よりも遥かに価値が高い。


もし本当に定着型なら、ハンターや企業が集まり、この町も急速に発展するだろう。


「そう、それで調査隊として本部からS級ハンターが派遣されてきたってわけ」


「なるほど。あの人たち、S級だったんですね」


肩をすくめたマリンさんの言葉で、私は四人組の正体に合点がいった。


S級ハンターは魔力量が桁違いに多く、一般人が太刀打ちできる存在ではない。


国家戦力として数えられ、アテニア帝国では名誉爵位まで与えられている。


装備も豪華で、あの四人の装備一つでこの町の土地が買えてしまうだろう。


私は今日の日銭にも困ってるってのに。


「……ところで、あの人たちは何をしてるんでしょう?」


「ああ、それは……」


私の問いにマリンさんが答えようとしたその時、四人組の中でも特に爽やかな顔立ちの男が「聞いてくれ」と声を上げた。






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