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ミシェルへの手紙

「ふざけんじゃないわ。初見殺しが過ぎるっていうのよ」


地団駄を踏むが、どうにもならない。


そして私は、怒りで我を忘れていた。


ここがどこか、今の自分の状態がどうなっているのか、ということを。


「あ……」


気付いた時には遅かった。


ゾンビマジシャンが一気に間合いを詰め、ステッキの柄で私の胸を貫いたのだ。


『断じて油断じゃない、自信よ』……なんて、我ながらよく言えたもんだわ。


こんなの、どう見たって油断じゃないの。


刺された瞬間の痛みはなかったが、内側からの異物感と流れ出す血の感覚に吐き気を覚える。


ゾンビマジシャンは、私が刺さったままの状態でステッキを掲げ、滴る血をそのまま大きな口で喉をごくごくと動かしながら飲み干している。


「こ、このクソゾンビが……」


必死に睨みつけるが、ゾンビマジシャンは無表情で口を開けた。


蝋と腐敗物が混ざったようなおぞましい吐息に襲われ、思わず顔を顰める。


その瞬間、黄色く濁った歯が私の首元にかぶりついてきた。


せめて鋭利な歯で食い切りなさいよね。


雑な歯で食いちぎられるのは痛いのよ。


傷口から溢れ出る鮮血が肌を伝う感覚が気持ち悪くて、全身に鳥肌が立っていく。


悔しい、少しは強くなれたと思ったのに、また死ぬなんて。


ネルヴィアもカイネも、どこかで見ているんでしょう? 


ちょっとくらい、助けてくれたっていいじゃないのよ……ばか。


「ぢぐしょ……わた……アウ……ら。れい……チェルのところ……かえ……」


口の中に自身の血が溢れ、意識が薄れていくと咀嚼音も遠ざかっていった。


『おめでとうございます。ミシェル・ラウンデルは【称号・悪夢と絶望の幼女:幼児化時における敵からの標的率+100%増加】を取得しました』


『おめでとうございます。ミシェル・ラウンデルはレベル11となったことで【デイリークエスト】が解禁されました。詳細はメニューのクエストでご確認ください』



『ミシェル、そろそろおきなさい』


とても冷たくて暗い闇の中にいると、ふいにとても優しくて綺麗な声が聞こえてきた。


でも、どこかで聞いたことがあるような優しい声だ。


「ママ……ママなの?」


『大丈夫ですか? あなたはずっと寝ていたんですよ』


夢うつつに尋ねると、再び優しい声が聞こえてきた。


そうか、私はママのところにいるんだ。


数年ぶりに聞いたママの声に、私はすがるような気持ちで答えた。


「ママ、私ね、すっごく怖い夢をみたの。悪趣味な平原でゾンビ達に襲われて、私食べられちゃうのよ。とっても痛くて、逃げられないの」


『そうですか。でも、ここは神域の安全地帯だから大丈夫ですよ』


「神域の安全地帯……ですって?」


寝ぼけた頭が一瞬で冴え渡り、私はガバッと上半身を起こした。


慌てて周囲を見やれば、白を基軸とした荘厳な建物の中で、床は白い大理石が敷き詰められている。


そして、目の前にはお馴染みの大きな石碑がそびえ立っていた。


また、戻ってきたのね。


私が額に手を当てながら俯くと、脳裏に澄んだ鈴の音が響きハッとして見上げるが、石碑の上には誰もいない。


『私ですよ、ミシェル』


「その声はカイネね。また、ネルヴィアの意地悪かと思ってどきっとしたわ」


『ふふ、私が意地悪をするとは思わないんですか』


言葉こそ冷たく聞こえるが、脳裏に聞こえる口調は優しくて敵意はない。


本当に優しかった母上を思い出すわね。


私は肩を竦め、軽く頭を振った。


「貴女は私のことを個人的に応援してくれるって言ったじゃないの。それとも神様が小娘如きに嘘をついたというのかしら」


『おや、それは一本取られましたね。確かに私は今まで貴女に嘘をついたことはありませんし、これからも嘘をつくことはないでしょう』


嘘をつかない。


それはとても嬉しいことでもあるが、時に残酷なことでもある。


でも、今の私にとって『信じられる相手』というのはとても心強い存在だ。


「それだけで十分よ。カイネはこの神域で唯一頼れる人ね」


彼女も何処かで見ているはず。


私は空虚に向かって目を細め、ニコッと白い歯を見せた。


『……そうですか。立場上、貴女を直接助けることはできませんが、質問には今までのように、これからも出来るかぎりお答えしましょう』


「うん、ありがとう」


私は小さく頷くが、ふと疑問がよぎる。


「ところで、どうしてカイネが声をかけてきたの? クソ神、じゃなかった。ネルヴィア様はこないのかしら」


本当は心からクソ神の顔は見たくないし、別に来なくていい。


だけど、それはそれで何か企んでいそうで嫌な感じがするのよね。


「えぇ、ネルヴィアにも役目がありますから。それに先日の一件があったので、私が代行していた仕事の一部を返したんですよ。その時、彼は実に面白い顔をしていましたね。ミシェルにも見せたかったですよ」


「へ、へぇ。そうなんだ。確かにそれは見てみたかったかも」


先日の一件。


おそらく、ネルヴィアとカイネが『神として同格だなんだ』と言い争った件と思われる。


ネルヴィアが格上的な態度を取っていたから『じゃあ、どうぞやってください』と意趣返しで突き返したといったところかしらね。


でも、神様の仕事ってなにかしら。


人の運命を決めるとか、死人の来世を決めるとか……。


『ミシェル、人が神の仕事が何かなんて考えるべきではありません。知ったところでどうしようもありませんから』


「そ、そうね。そうするわ」


見透かしたような声にぞっとすると、私は誤魔化すように頬を掻いた。


心を見透かされたのか、はたまた顔に疑問が出ていたのを察したのかしら。


『さて、それでは本題です』



「……わかったわ」


脳裏に響くカイネの声が少し低くなった。


私もすぐに身構え、一言も聞き漏らさないように意識を集中する。


『まず最初は、ミシェルにとって悪報です』


「はは……。もう今更って感じね」


自嘲気味に乾いた笑いを噴き出すと、私は肩を竦めた。


この神域にいること自体が悪報だから、もうなんでもこいって感じよ。


『幼児化後、ゾンビマジシャンに捕食されたことで【称号・悪夢と絶望の幼女:幼児化時における敵からの標的率+100%増加】を取得しています』


「え……えぇ⁉ 幼児化したら敵からの標的率+100%増加ですって。そんなの事実上、死の宣告じゃないの」


まるで死体蹴りのような、想像の斜め上をいく悪報だった。


幼児化は能力が全て『一』になった上、普段から使っている杖すらまともに扱えなくなってしまう。


ヘルプにも『逃げるしかない』と書いてあったのに、そこに標的率+100%って、殺意が高すぎるわよ。


『なお、こちらの称号は汚名返上できませんので、今後『幼児化』にはくれぐれもご注意ください』


「……はぁ、わかったわよ」


最早、呆れてため息しか出ない。


絶対、私よりも先に神域へ挑戦した人達もこの称号を得て絶望したことでしょうね。


私は補助魔法があるから毒や猛毒といった状態異常は浄化魔法で回復できるけれど、もしそれがなければ毒+幼児化とか普通に詰む。


そりゃ、心も折れるし、絶望するわよ。


『神域』がとことん殺意に満ちてるってことを再認識させられた気分だわ。


『ちなみにお察しのとおり、死屍平原において毒、猛毒、幼児化で心を折られ、亡者の仲間入りを果たした者も数多くおりました。ご注意ください』


「あ、あはは。ご忠告ありがとう、痛み入るわ……」


カイネの澄んだ綺麗な声でそんな恐ろしいことを淡々と告げられると、真実味が増して顔が自然と引きつってしまった。


こういう、人の命とか尊厳に淡泊なところは、カイネも神様なんだと実感させられるわね。


『悪報は以上です。多分、あとはミシェルにとって吉報なのでご安心ください』


「私にとっての吉報……何かしら? あ、ゾンビを一蹴できるちゃんとした武器をくれるとか」


ネルヴィアにクエスト報酬でもらった『神力の杖』は、筋力100が必要という代物。


筋力15の私には装備できても扱えない。


能力が高いのは認めるけど、今は完全に『呪いのアイテム』よ。


むしろ、所持枠潰しの罠だわ。


『残念ですが違います。しかし、ミシェルにとっては武具以上の吉報かもしれませんよ』


「あら、そうなの? じゃあ、勿体ぶらないで早く教えてくれないかしら」


初見殺しに散々やられたせいか、なんだか卑屈になっている気がする。


斜に構えたまま、素直じゃない言葉が口からこぼれた。


『ミシェルのお願いを叶えました。アウラとレイチェルに貴女のことを伝えてきたんです。そして、返事の手紙をもらってきました』


「え……?」



一瞬、意味を理解できずに目が点となった。


私のお願いを叶えた? アウラとレイチェルが手紙をくれたの?


朝、短剣をもらった時の記憶や、そこからここまでの必死な逃亡劇が走馬灯のように蘇ってくる。


S級ハンター達に見殺しにされ、腐ったドラゴンに追われた中、二人からもらった短剣で命をつないだ。


あの時から、ずっとお礼を言いたかった。


今すぐ、二人を抱きしめて伝えたい。


目頭が熱くなり、鼓動が高鳴り、全身が震えてくる。


賢くて格好良くて優しい心を持つ弟のアウラ。


天真爛漫で可愛いけど、人の機微に敏感な妹のレイチェル。


会いたい、また一緒に笑って、温かい食卓を囲みたい。


私は口元を両手で押さえながら、虚空に向かって必死に声を震わせた。


「……カイネ、本当なの。本当にアウラとレイチェルに伝えて、手紙までもらってきてくれたの?」


『はい。私は嘘をつかないとお伝えしたではありませんか』


母を思い出すような優しい声が返ってきて、私の目からはとうとう涙があふれ出た。


両親を亡くし、身内に騙されて何かも全てを失って、涙なんて涸れ果てたと思っていたのに。


もう泣かないと決めていたのに。


私は足の力が抜け、その場にぺたんと座り込んだ。


そして涙でぐしゃぐしゃになりながら、空に向かってもう一度声を震わせる。


「……カイネ、ありがとう。手紙、読ませてくれる?」


『もちろんです』






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