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ミシェルの決意

クソS級ハンター達に捨て置かれ、ネルヴィアとカイネに出会ってから、どれだけの時間が経ったのかわからない。


確実に数日は経過しているはずだ。


S級ハンター達が地上に戻ったなら、必ずハンターズギルドに赴くだろう。


そしておそらく、私がダンジョンで事故死したと報告するに違いない。


当然、アウラとレイチェルにも私が死亡したという知らせが届くことになる。


そんなことになれば、二人がどれほど悲しむか。


想像するだけで胸が痛む。


アウラは地頭が良く、物事を冷静かつ客観的に捉えられる。


私と同じく家の没落と両親の死を幼くして経験したせいか、年齢の割に大人びた達観した発言が多い。


ただ、子供らしく繊細なところもあって、両親が亡くなった時には誰よりも塞ぎ込んでいた。


本当はとても優しく、人の気持ちに寄り添える男の子なのに。


最近になってようやく笑顔を見せるようになったのに、私の死を知らされたら、またあの時のように心を閉ざしてしまうかもしれない。


そんな姿、もう二度と見たくない。


レイチェルはいつもニコニコと無邪気に笑う天真爛漫な子だが、その裏には鋭い着眼点と、人の感情に敏感すぎる繊細さがある。


だからこそ、レイチェルは他人に自分の弱さを見せまいとしてしまう。


両親の死を察していたはずなのに、何も知らないふりをしていた。


それでも、葬儀が終わった後、私と二人きりになった時には笑顔のまま大粒の涙を流したのだ。


同じことが起きれば、レイチェルの心は壊れてしまうかもしれないわ。


そんなこと、絶対にあってはならない。


「ふむ……」


ネルヴィアが口元に手を当てたその時、脳裏に鈴の音が響いた。


『その役目、私がいたしましょう』


「あ、その声はカイネね」


私は声の主に喜びを覚えたが、ネルヴィアは眉をぴくりとさせ、鬼の形相を浮かべた。


同時に殺気と魔力のような異質な力が室内に満ち、私は思わず息を呑んだ。


これが神の力なの。


クソS級ハンター達など、ネルヴィアの前では赤子同然……いや、赤子にすらならないわ。


人が持てる力を超越、逸脱している。


「カイネ、どういうつもりだ。口出しするつもりか」


『早合点しないでください。私はあくまで彼女の無事を伝えるだけです。貴方の口調や説明では、伝わるものも伝わりません。そうなれば、ミシェルが神域に集中できなくなる。それこそ、ネルヴィアにとっても不都合では?』


「良い度胸だな、カイネ。いつからお前は我にそんな物言いができるようになったんだ」


『いつからも何も。本来、私と貴方の立場は同格です。貴方の依頼を引き受けているのは、私の役目だからに過ぎません。勘違いしているのは、貴方ですよ、ネルヴィア』


「ほう、我とお前が同格か。クックク、それこそ面白い勘違いだな」


カイネの姿はここにないのに、ネルヴィアはその位置を正確に把握しているような口ぶりだった。


一方のカイネは声だけで凄まじい威圧を放ち、二人の力が交錯したせいか、部屋全体から不気味なきしむ音が鳴り始めた。


このままじゃ、本当に洒落にならない事態になる。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。私はただ、弟妹に無事を伝えてほしかっただけで、お二人の衝突を望んだわけではありません」


『ほら、ミシェルもこう言っていますよ。ここは神に連なる者として、懐の広さを示すべきではありませんか』


「……いいだろう。ならば、ミシェル。お前が決めろ。弟妹への連絡を、我にさせるか、カイネにさせるか」


ネルヴィアはなおも鬼の形相のまま私を睨む。


視線だけで人を殺せそうな迫力だ。


私は喉を鳴らし、深呼吸してから畏まった。


「え、えっと。でしたら申し訳ありませんが、カイネ様でお願いします」


「……なに?」


ネルヴィアの眉がぴくりと動き、首を傾げる。


あんたが決めろって言ったんじゃないのよ。


私は慌てて言葉を継いだ。


「あ、いえ、弟妹たちはまだ幼いので、ネルヴィア様の威厳あるお言葉だと難しくて理解しにくいかと……」


嘘は言っていないわ。


正確には威厳ではなく、乱暴な口調という意味だけど。


「なるほど、確かに我の言葉では幼子には伝わりづらいかもしれん。わかった、お前の言うとおり、連絡はカイネに任せよう」


「ありがとうございます」


私は少し大袈裟に頭を下げた。ネルヴィアから独特なご満悦の笑い声が響く。


この神様、案外ちょろいのかもしれない。


「それとだ。お前が神域でどれだけ歳月を過ごそうとも、地上ではここに来た時から一ヶ月後に戻れるように調整してやろう」


「えっ、そんなことまでできるんですか⁉」


私は思わず目を瞬かせた。


時間と空間すら操るなど、改めてネルヴィアがクソでも神であることを思い知る。


「無論だ。カイネ、弟妹たちには、ミシェルは少なくとも一ヶ月前後で帰還すると伝えておけ」


『承知しました』


そのやり取りの最中、私はふと疑問を抱いた。


「あの、カイネ様。なぜ、そこまでしてくださるのですか」


『前にも言いましたよ。私は貴女を個人的に応援していると。では、これからも頑張ってください』


その透明感のある優しい声に続いて、柔らかな鈴の音が響いた。


多分、カイネはもう去ったのだろう。


「相変わらず、いけ好かないやつだ。さて、便宜を図るのはここまでだ。これからは自力で何とかしろ」


「はい。色々とありがとうございました」


私が一礼すると、ネルヴィアは鼻を鳴らし、こちらに背を向けて姿を消した。


二人の気配が完全に消えたのを感じて、私は深くため息をつき、その場にへたり込んだ。


神様って、面倒くさい……。


立場の優劣で喧嘩なんて、まるで子供じゃない。


でも、今回で『地上への道標』が手に入り、『弟妹への安否報告』もできた。


特に大きいのは、どれだけここで時間を費やしても、地上では一ヶ月しか経っていないという時空の調整。


これで神域攻略の時間制限は実質無くなった。


同時に、地上に戻れなければ永遠に閉じ込められるということでもあるけれど。


でも、こういうときこそ前向きに考えるべきだ。


悲観したところで、現実は何も変わらない。


「さてと、そろそろ。攻略再開といきますか」


私は立ち上がり、ゾンビたちの蠢く地へ通じる白い光の扉の前へ向かった。


「あ、そうだ。新しい杖を装備しなくちゃ」


ネルヴィアに言われたことを思い出し、私は所持アイテム一覧から『神力の杖』を選択。


すると、注意書きが表示された。


「えっと、なになに……『神力の杖を使いこなすにはステータスが足りていません。現状では振ることすらできないと思われますが、それでも装備しますか?』って、何よこれ⁉」


慌てて『神力の杖』の説明を確認した。


『神力の杖』

神の力が宿った大杖。攻撃力、耐久力、魔力と三拍子揃っているが重い。

※適正筋力100以上


「適正筋力100以上ですって⁉ 私、筋力15しかないのよ」


ハッとして、脳裏にネルヴィアがほくそ笑んでいる姿が浮かんだ。


「ざっけんな。ネルヴィア、あんた絶対確信犯でしょ。ちょっとでもあんたを良い神様だと思った私がバカだったわ。やっぱり、あんたは最低最悪のクソ神よ」


虚空に向かって叫ぶが、返事はない。


でも、どこかから、喉を鳴らすあの嫌な笑い声が聞こえた気がした。


いや、気のせいなんかじゃない。


絶対、あいつは笑っているはずよ。


見てなさい。


私は必ず地上に戻って、アウラとレイチェルのもとへ帰るんだから。クソ神ネルヴィア、あんたに吠え面かかせてやるわ。


私はその決意を胸に、光の扉へ足を踏み入れた。






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