性格が腐ってる
「私、痩せてるから美味しくないわ。やめて、食べるのやめて……って、あれ? 死んでない?」
慌てて上半身を起こし、ゾンビたちに噛まれたり引っ掻かれたりした箇所を確認するも、傷一つない。
まさか、すべて夢だったのだろうか。
周囲を見渡せば、白を基調とした建物内らしく、見覚えのある巨大な碑石がそびえ立っていた。
「おぉ、鉄杖の没落令嬢ミシェル・ラウンデルよ。死んでしまうとは情けない」
「は……?」
突然響いた声にぎょっとして見上げれば、石碑の上に誰かが座っていた。
その性格の悪い口調と声色、間違いようもない。
「仕方がないから、お前にはもう一度……。いや、何度でも機会を与えようじゃないか」
「こ、このド畜生のクソ神め。私はあんたの玩具じゃないのよ」
私はビシッと指を突きつけて睨みつける。ネルヴィアは肩を震わせながら「クックク……」と喉を鳴らして笑い出した。
「我がド畜生のクソ神か。では、ド畜生のクソ神がいては気分を害するであろう。さらばだ」
「え、あ、ちょっと待ちなさいよ。まだ聞きたいことが……」
「我は話すことなどない。再び地上を目指すには、あの白い扉の先に進むことだ。健闘を祈っているぞ」
慌てて駆け寄るも、ネルヴィアはにやりと口元を歪めた後、すっと姿を消してしまった。
あのド畜生、絶対どこかで私が四苦八苦するのを見て笑ってるわね。
なんて性格。私は深いため息をつきながら、ふと目の前の石碑をまじまじと見つめる。
「そういえばここに来たばかりのとき、ちゃんと読む時間がなかったのよね。これ、何が書いてあるのかしら」
令嬢時代の勉強の中に、『古代文字』の授業があった。
当時は家庭教師の趣味的押しつけもあったけど、今となっては感謝ね。
現代文字の源流とされる古代語は、今や遺跡の調査や遺物の解析にしか使われない。
《石碑に刻まれた内容》
ここに迷い込み、地上に帰りたいと強く願う者のため、神域である呪いと祝福の鍛錬場について簡単に記す。
神域は五つの階層で構成されており、上層へ進むごとに魔物は強大になっていく。
各階層には、次の階層への扉を開く鍵を持つ『守護者』が存在する。
地上に戻るには、守護者を討ち、鍵を手にして階層を登っていくしかない。
守護者は極めて屈強であり、並の力では即座に打ち砕かれるだろう。
だがここは神域。
どのような死を迎えようとも、挑戦者はこの石碑の元で強制的に蘇る。
これは神の呪いであり、同時に祝福でもある。
しかし、肉体は再生されても、心と魂は別だ。
心が折れ、魂がすり減れば、人は挑む力を失い、やがてこの部屋に引きこもるようになる。
そうなれば神は容赦なく見限り、その者は亡者となって石碑や神域を彷徨うことになるだろう。
挑む者に告ぐ。
どんな絶望にも、心を折られてはならぬ。魂をすり減らしてはならぬ。
我等にはそれができなかった。
神域に遺された数々の武具や装飾品が、君の力となることを願っている。
「……何よこれ。私以外にも、ここに挑戦して失敗した人がいたってこと? しかもみんな、心が折れて魂が削られて亡者になった、ですって? あのクソ神、どれだけ性格悪いのよ」
私は思わずへたり込む。
これまで挑んだ人の中には、A級やS級並の実力者だっていたはず。
それでも皆失敗したというのに、私はE級。さすがに背筋が凍るわ。
「……でも、やるしかないわ」
深く息を吸い込み、自分の両頬をパチンと叩いて気合を入れる。
「借金で没落、両親を失い、身内に騙され、婚約者に捨てられ、S級ハンターに見捨てられた。もう、失うものなんてないわ」
私に残されたのは、しっかり者の弟アウラと、無邪気な妹レイチェルだけ。
二人の待つ地上へ戻るためなら、どんな絶望にも屈しない。
そして戻った暁には、あのクソS級共に鉄槌を下してやるのよ。
「さてと、まずやるべきことは……」
私は白い扉を見つめ、「メニュー」と呟いた。
【メニュー画面】
・メッセージボックス
・クエスト
・ステータス(能力振り分け)
・武術一覧
・装備一覧
・魔法一覧
・祝福一覧
・所持アイテム一覧
・アイテムボックス(精神力、知識、知恵の三項目が六十以上で解放)
・ショップ(レベル二十以上で解放)
・武具作製(レベル二十以上で解放)
・武具修理(レベル二十以上で解放)
・武具・アイテム分解(レベル二十以上で解放)
・アイテム作製(レベル二十以上で解放)
・アイテム修復(レベル二十以上で解放)
・武具・アイテム分解(レベル二十以上で解放)
・神力異界通信(レベル百以上かつ精神力、知識、知恵の三項目が百四十以上で解放)
・称号
・オプション
・ヘルプ
・カイネ直通念話
「これね」
私は【カイネ直通念話】を選択する。
呼び鈴のような音が響き、あの涼やかな声が脳内に届いた。
『ミシェル、呼びましたか?』
「えぇ、カイネ。ちょっと聞きたいことがあるの」
『はい。私に答えられる範囲であれば、なんなりと』
「この石碑に書かれてること……本当なの?」
『ああ、はい。そこに記された内容は、ほぼ事実です。ですから、私は以前こう言いましたよね。大変なのは、これからだと』
あっさりと告げるカイネの声に、私はゾクリと寒気を覚える。
「……なら、聞かせて。過去の人たちはどうして、何が原因で心が折れて失敗したのか。事前に情報を集めるのは、攻略で基本中の基本のはずよ」
『ミシェル、それは残念ながらできません。ネルヴィア曰く、「ネタバレになるからつまらん」とのことです』
「ね、ネタバレ⁉ あのクソ神、本当に……っ!」
私はその場で地団駄を踏みながら、怒りに震えた。
ミシェルの活躍を楽しんでいただけた方は、ぜひ『ブックマーク』、『評価ポイント(☆)』、『温かい感想』をいただけると励みになります!
いただきました応援は今後の執筆活動における大きな力になります。どうぞよろしくお願いします!