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マーシャルロードは、久々の盛況です。
総勢四十人弱のうち、半分は石碑の前に、もう半分は建物内で不意の襲撃に備えます。
そして、私たちに対峙する形で、噂の男は堂々たる威風で立っています。
かなり体格はいいですね。
腕とかは細部まで鍛えこまれているのが分かります。
脚の方は長いパンツで見えませんが、あの森を単独で移動してきたとなると、そこそこのものでしょう。
胴は絞れていますね、広背筋の大きさも相まって彫刻のような体をしています。
顔もそれなりに良さげです、額に巻いている鉢巻も気合の入れ込みようを感じさせます。
しかし、赤黒いタンクトップはいかがなものでしょう。
長旅を超えてきたせいか、ボサボサの短髪もちょっとばっちいです。
減点対象ですね。
「そこな旅の者、貴殿はここをマーシャルロードとして知って足を踏み入れたか!」
リーダーが声を張ります。
かなり芝居がかった寒い台詞ですが、これは演出、おもてなしですね。
大体の新人さんは、こんな感じの台詞を聞くとワクワクが止まらなくなるんですって。
不思議ですね。
「俺はモク・ヨク、いずれ最強の格闘技を確立する男だ!
西の地より馳せ参じた、我が栄光の道のためだ、そこを通して貰おう!」
おぉ、中々にいい声……いえいえ、リーダーに負けない声量です。
やはり、先ほどの問いかけで滾っているものがあるのでしょうか。
男の子はいつ何時でもお子ちゃまですね、私にはあまり馴染みのない感覚です。
しかし、またのんびりとしたお名前ですね、沐浴だなんて。
「我々はこの地の門番を任されている!
ここより先は、偉人達の栄光を記した道!
力及ばぬ者をそう易々と通すわけにはいかん!
ここを通りたくば、それ相応の実力を見せて頂こう!」
「願ってもないこと、ここで敗れるようであれば俺は来た道を引き返すのみ!」
「その意気や良し! 貴殿の相手は、この者に任せる!
エリ、出なさい」
場に流されるっていうのは、多分こういうことですね。
私は努めて真剣な面持ちで、声はなく、スッとリーダーの横に立ちます。
モク・ヨクさん? は少し驚いている感じで目を丸くしています。
相手が女で戸惑っているのでしょう。
男女差別反対の意気込みは私にもありますが、まあ気持ちは分からなくもないです。
私、美人ですからね! 自分で言うのもなんですけど。
スタイルも出るとこ出て、なかなかのものですよ、フフン!
眉目秀麗、スタイル抜群、一見か弱い可憐な花なんですから。
こんな男臭い中でこんな娘出てきたら、それはもうビックリしちゃうでしょ。
「驚くのも無理はない、しかし彼女はマキ式体術の忘れ形見だ。
生半可な技では無様に散るぞ」
モク・ヨクさんは、それを聞いて眼力の鋭さが強くなりました。
リーダーも、あんまり煽って欲しくありません。
私、今日はまだお花を摘みに行けてないんですよ?
何かあった時、責任取って頂けるんでしょうか。
でも、モク・ヨクさんはお構いなしに荷物を下ろして鉢巻をギュッと力強く締め直しています。
「これ程の相手、またとない機会!
いざ尋常に!」
やる気は十分、つられて私も大きくしかしコンパクトに構えます。
距離は広い、迎撃の体制は整っています。
「これより、挑戦者モク・ヨク、門番エリ・マキの試合を開始する!
両者そのままの位置より……始め!!」
…………………………
「モク・ヨクさん、でしたか?
女だからって舐めてますと、少々骨が折れましよっ…」
見事に噛みましたが、ともかくとうとう始まってしまいました。
決め台詞に失敗したのとトイレに行けていないのが、思ったより心に来ます。
もしかしたら、私はここでお嫁に行く機会を失うかもしれません。
そんなことを思っている私の目に、奇怪なものが写りました。
「……マキ式体術、噂には聞いている。
自分がどの位置にいるのか、確かめるには打ってつけだ」
「えっ…」
モク・ヨクさんの構えは、私たち格闘術のものとは全く違いました。
あれは……、闘いを始めるというより、今まさに走り出す前のポーズというか…。
でも、ちょっと違いますね。
前傾姿勢ではありますが、もし走るのであれば、あれでは右手と右足が一緒に出てしまいます。
走り方も知らないんでしょうか、それとも何らかの型なんでしょうか。
いずれにしても、こちらは半身で構えて初撃を捌くだけです。
少し面食らってしまいましたが、素早く切り替えです。
しばらく、こちらも向こうも動きはありませんでした。
聞いたところによると、異世界ではこんな場合審査員が居て、急かしたり中断を宣告するみたいです。
指導? っていうのも入ったりするんですって、笑っちゃいますよね。
こっちは真剣にやってるっていうのに、外野が騒ぐなんて。
私たちは、別に誰かを盛り上げるために、喜ばせるためにこんなのやってるんじゃないんです。
……勝手に盛り上がっちゃいましたが、相手に動きがありました。
ゆらり、とより姿勢が前に倒れてこちらにやってくる気配があります。
走り出せば、右手と右足が一緒にでる。
繋がる予想は、ズッコケて終わり。
今まさに、その予想が現実味を帯び始めています。
モク・ヨクさんの顔がどんどん地面に近くなります。
一気に跳躍して、距離を縮めようとしているのでしょうか。
そうでなければ説明のつかない、異様な態勢。
私とモク・ヨクさんの間には走っても二秒は必要な程の距離が開いています。
現実的じゃありません、ハッタリ?
……果たして、私の予想はある意味では当たり、ある意味では裏切られるのでした。