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嵐の前

一言で言えば、「ハッキングして『智の女神』をぶっ壊すよ」という話です。

魔法などが存在する御伽話の世界の出来事であり、リアルのデジタル技術との相違点は普通に存在しますので、混同されないようお願いします。

 静かな戦いだった。

 指令室には、時折、状況を報告する構成員たちと、指示を出すカドッシュの声、そして魔導絡繰(まどうからく)りの作動音が響くのみだ。


「相手側が通信網上に防御壁を展開しています」


「想定の範囲です。解除呪文(プログラム)で突破を試みてください」



「こちらで脆弱(ぜいじゃく)な迂回路を探します」


「各支部、『智の女神』との接続完了しました。全ての経路を掌握済みです」


「圧縮呪文(プログラム)、一斉送信します」


 フェリクスたちは、その様子を、ただ固唾を呑んで見守るだけだった。


「我々が開発した圧縮呪文(プログラム)は、圧縮された情報を送り込んで展開し魔導絡繰(まどうからく)りの記憶容量を圧迫するだけではありません。侵入した先で自己増殖して、そこに設定されている命令の破壊または書き換えも行うというものです」


「……難しい技術……なのですね?」


 カドッシュの説明を聞いたセレスティアが首を傾げる。

 これまで彼女が住んでいた世界とは、あまりにかけ離れている話なのだろう。


「簡単に言うと……たとえば、姫様だって、一度に大勢の人に話しかけられたら混乱するだろ? 今、『智の女神』にも、同じことをしてるんだ。沢山の余計な情報や、間違った命令を与えて混乱させ、動けなくさせるって感じさ」


「何となく、分かる気がします。アーブルも、帝国出身だけあって、よく知っているのですね」


 アーブルの言葉に、セレスティアは納得した様子で頷いた。


「赤毛、あまり適当なことを言うんじゃあない」


 グスタフが、やや呆れた顔で言った。


「いいじゃないか。帝国民だって、カドッシュさんたちみたいに理屈を分かってる人たちのほうが少数派で、大半は、何となく魔導絡繰(まどうからく)りを使ってる連中なんだぜ? それと、俺の名はアーブルだ。いい加減、覚えてくれ」


「そうか、分かったよ、赤毛」


「絶対、わざと言ってるだろ?」


 アーブルは唇を尖らせて、グスタフの言葉に抗議の意を表した。

 作戦が順調に進んでいる様子を見て、彼らの緊張も、少し解けてきていた、その時。


「頭領、地上の別邸周辺に、警察の装甲車が多数接近しつつあります」


 外部を監視していたらしい構成員の一人が、カドッシュに報告するのを聞いて、フェリクスたちは、再び緊張に包まれた。


「俺が出て、相手をするか」


「いえ、フェリクスくんの手を煩わせることはありません。放置で大丈夫ですよ」


 フェリクスの提案を、カドッシュは何故か断った。


「現在、この本部周囲には、空間歪曲式防護壁ディストーション・フィールドを展開していますから。物理そして魔法攻撃両方の威力を消失或いは減衰させることが可能で、理論上は、軍用飛空艇の主砲にも耐えられます」


 カドッシュに言われ、外部の様子を映し出している画面に目をやったフェリクスは、不可視の壁に阻まれて、屋敷の敷地内に入ることができずにいる装甲車の姿を認めた。

 どこか、目的の為には手段を選ばないところを感じさせる男ではあるものの、カドッシュの用意周到さに、フェリクスは感心する(ほか)なかった。


「『智の女神』の記憶領域、間もなく限界を迎えます」


「……抵抗が()みました。目標は沈黙……!」


 構成員の報告から少しの間を置いて、指令室内に歓声が上がった。


「……存外、あっけないものだな」


 フェリクスは、ぽつりと呟いた。


「『智の女神』からの命令がなくなれば、戦争も終わるのでしょうか」


 セレスティアが、フェリクスの顔を見上げて言った。

 これから先、大きな混乱が起きることは避けられないと思いつつも、フェリクスは何も言わず、ただ、セレスティアの肩を、そっと抱き寄せた。

 束の間の静けさを、今は味わっていたかった。

 と、不意に、地下施設全体を強い振動が襲った。

 フェリクスは、咄嗟に、セレスティアを包み込むように庇う体勢をとった。


「地震か?!」


「いや、それにしては揺れ方がおかしい……この施設内に何かあったんじゃあないのか?」


 アーブルとグスタフも、身構えながら周囲の状況を把握しようとしている。


「地下施設内に異常は見られません! 原因は外部にある模様です!」


 構成員たちの報告に、指令室の空気が再び緊張で張りつめた。


「こ……これは……こんな……」


 数分ほどで揺れは治まったものの、外部の様子を監視していた構成員が青ざめている。

 壁の光る板(パネル)に映し出されていたのは、誰もが言葉を失うであろう光景だった。

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