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◆羽化

 グスタフは、向かってきた黒ずくめの男の首を一刀のもとに()ねた。

 最強の皇帝守護騎士(インペリアルガード)の名に恥じぬ、華麗な剣技だ。

 頭部と胴体を分断された黒ずくめの男の身体は、地面に転がったかと思うと、やはり塵となって崩れ去った。

 しかし、少し遅れて、彼女は腹部から熱いものが流れ出してくる感覚と、その身が裂かれた激痛に襲われた。

 黒ずくめの男の光剣(こうけん)もまた、グスタフの胴を抉っていたのだ。

 敵は、ただグスタフを倒すことのみ考えていたのだろう。

 咄嗟に手で圧迫したものの、彼女の傷は、その程度で出血が抑えられるものではなく、足元には瞬く間に血溜まりができた。


 ――ほぼ相討ちというところか……この僕を相手に、大したものじゃあないか。


 大量の血液を失い、視界に薄闇がかかる中、グスタフは、そんなことを、ぼんやりと思った。


「グスタフ!」


 意識を手放しかけていたグスタフは、フェリクスの声で我に返った。


「急所は外れている……僕も『異能(いのう)』だ……この程度なら、まだ動ける……」


 そう答えるグスタフの中では、彼に弱みを見せたくない気持ちと、心配をかけたくない気持ちが相半(あいなか)ばしていた。

 しかし、直後に限界を迎えたグスタフは、血溜まりに片膝をついた。

 もはや剣を握る手も力を失い、なす術もなく(うずくま)っているグスタフを、敵が見逃す筈もなかった。

 だが、襲いかかる黒ずくめの男たちの前に、フェリクスが立ち(ふさ)がった。

 彼は捨て身の攻撃で二人の敵を(ほふ)ったが、その代償もまた大きかった。

 左腕を失った上に深手を負い、フェリクスも動けなくなった。

 その時、グスタフは、耳元に装着した通信機から流れてくる、セレスティアとアーブルの声を聞いた。

 フェリクスとグスタフを救う為、地上へ出ようとするセレスティアと、それを止めるアーブル――彼らの、他者を思うゆえの選択を前に、グスタフは、なぜ自分が彼らを守りたいと思ったのかが分かった。

 ほんの数日間ではあったが、フェリクスたちとの触れ合いは、グスタフの心に不思議な安らぎをもたらした。

 グスタフに対し、強くあることや男として振舞うことを強要せず、あるがままの自分を受け入れてくれる彼らの(そば)は、彼女にとって生まれて始めて得ることのできた、居心地がいいと思える場所だった。


 ――僕は、生まれて初めて心から守りたいと思ったものを、守れずに死ぬのか……


 無念さに苛まれる一方で、グスタフは、フェリクスの傍で死ねるのなら、それでいいのかもしれないとも思った。


 ――フェリクスは、ここにいるのが僕ではなくても、同じように守ろうとしただろう。それでも、彼が身を挺して守ってくれたことが、僕は嬉しい……こんな風に思ってしまう自分は、なんて醜いんだろうか……


 不意に、フェリクスが低く呻いた。

 傷の痛みに苦しんでいるのか――グスタフが、そう思っているうちに、彼の呻きは叫びから咆哮に変わった。

 同時に、(うずくま)っているフェリクスが、その姿が見えなくなる程の眩い光に包まれた。

 フェリクスに(とど)めを刺そうとしていた、黒ずくめの男の最後の一人も、先刻まで一片の感情すら感じさせなかった顔に、驚きの表情を浮かべた。

 フェリクスの身体から発せられる凄まじい光と熱に圧倒され、グスタフは耐えきれずに目を伏せた。

 次に目を開けた彼女の前にあったのは、いつの間にか立ち上がっていたフェリクスの背中だった。

 グスタフは、彼の姿に違和感を覚えたが、()ぐに、その正体に気付いた。

 肘から先を失っていた、彼の左腕が元に戻っている。

 敵に斬り落とされた左腕は、直後に塵と化し崩れ去っていた為、新たに再生したとしか考えられない。

 更に、栗色だった筈の髪が、雪のように白くなっていた。

 そして、一瞬グスタフのほうを振り返ったフェリクスの瞳は、宝石のように透きとおった緑色から、鳩の血のような赤へと変化していた。

 その姿からグスタフが連想したのは、(いにしえ)の伝説に登場する、人間を滅ぼそうとして、神々に討伐された、雪のように白い肌と髪、そして赤い瞳を持つ「悪神」だった――

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