忌むべき来訪者
地下施設の薄暗い通路を、フェリクスとグスタフは地上に出るべく走っていた。
『――もし、公安が侵入してくるようであれば、牽制をお願いします』
指令室を出る際に渡された小型通信機から、カドッシュの声が聞こえてくる。
通信機は耳に装着する型のもので、両手が自由に使える為、戦闘中でも通話が可能だという。
「……君は、敵に回すと最悪だが、味方なら心強い」
フェリクスは、傍らを走るグスタフに言った。
「僕は、ユハニ・ヴァルタサーリの思想などに興味はないけどね。ただ、居心地のいい場所を守りたいと思っただけさ」
「居心地のいい場所?」
「何でもない。忘れてくれ。……あそこが、地上への出口だな」
フェリクスの問いには答えず、グスタフは通路の先にある扉を見やった。
『屋敷内にいた者たちは地下に収容済みです。君たちが外に出た時点で、一時的に地下への出入り口を全て封鎖させてもらいます』
再び、カドッシュからの通信が入る。
「籠城するという訳か。まぁ、僕たちが連中を追い払えば済むということだな」
「カドッシュには、何か考えがあるようだ」
そう言いながら、フェリクスは地上への出口である扉を開けた。
地下との出入り口は、丁度、庭木で隠される形になっており、公安の者たちからも死角になっている。
夕闇の迫る庭園内を、フェリクスとグスタフは庭木に隠れつつ、正門へと近付いていった。
突然、轟音と共に悲鳴が上がった。
咄嗟に正門まで全速力で向かった二人の目に映ったのは、重厚な造りの門扉が、切り刻まれて散乱している様だった。
そして、門扉の倒壊に巻き込まれた者たちと、それを救出しようとする者たちの悲鳴と怒号が飛び交っている。
傍らには、黒ずくめの男の一人が、刃を出現させた状態の光剣を手に佇んでいた。
分厚い金属の板も切断可能という触れ込みの光剣であったが、目の前の惨状は、それが真実であることを証明していた。
「き、君! 許可なく破壊行為をしてもらっては困りますよ!」
公安警察の職員が慌てているところを見ると、門扉の破壊は、黒ずくめの男の独断らしかった。
「任務遂行の為の、あらゆる行為が許可されていると聞いている。『智の女神』様のご命令は全てに優先される」
黒ずくめの男は無機質な声で言うと、想定外の事態に狼狽する公安警察の者たちをよそに、正面玄関へ続く庭園へと足を踏み入れた。
残りの黒ずくめの男たちも、その後に続く。
「カドッシュ、門扉が破壊された! 俺たちが奴らを排除するから、地下への出入り口を封鎖してくれ」
『確認しました。一時、出入り口を封鎖します!』
カドッシュとの通信を終えると、フェリクスとグスタフは、黒ずくめの男たちの前に立ちはだかった。
フェリクスは、門扉の下敷きになっている者たちの救出にあたりたかったが、黒ずくめの男たちの侵入を許す訳にもいかず、苦渋の選択と言えた。
「あ、あれは……皇帝守護騎士のグスタフ・ベルンハルト?! 何故……?!」
グスタフの姿を見た公安警察の職員たちが、驚きの声をあげた。
「僕を知っているなら話が早い。君たちが束になってかかっても無駄ということは分かるだろう? 死にたくなければ回れ右して帰ってくれ。そうすれば、こちらも手間が省けて助かるんだけどね」
艶然と微笑むグスタフを見て、フェリクスは、彼女と初めて会った時のことを思い出した。
――この微笑みは、余裕を表すのと同時に、逆らえば容赦はしないという意味の威嚇だ……!
「こ、こんなの聞いてないぞ……」
「これは由々しき事態……一度帰還して対策を練らないと! 屋敷を包囲している班にも伝えろ!」
公安警察の職員たちが浮足立つ中、指揮官と思われる男が通信端末を取り出し、部下たちに指示を飛ばし始める。
どうやら、グスタフの「威嚇」が功を奏したらしい――僅かに安堵していたフェリクスに向かって、門扉を破壊した黒ずくめの男が、一歩踏み出した。
「君、何をしているんだ。一旦、帰還すると言っているだろう」
苛立った表情で、公安の指揮官が言った。
「お前たちは、勝手に帰ればいい。全てにおいて優先されるのは、『智の女神』様のご命令だ」
黒ずくめの男たちは、指揮官の指示に従う様子がない。指揮系統が異なるのだろうか。
身構えたフェリクスに、黒ずくめの男が声をかけてきた。
「ここにいたのか、『七号』。『智の女神』様の仰った通りだ。さぁ、お前も、我々と共に『任務』を遂行するんだ」
――こいつは、何を言っているんだ……?
フェリクスの脳内には、黒ずくめの男の言葉が何ひとつ入ってこなかった。
ただ一つ、酷い違和感があった。
それが、黒ずくめの男の声と自分のそれが似ている――いや、全く同じである為に生じたものだと気付いた時、フェリクスは、身が竦んだ。




