守りたいものは
「――貴様が、手引きしたのではないのか?!」
そう言ってグスタフに詰め寄ったのは、カドッシュの護衛の男だった。
周囲にいる、他の構成員たちの間にも、小さなざわめきが生まれた。
「僕も、ここが貴様らの本拠地かどうかなんて、賭けだったんだ。どうやって手引きしたと言うんだい?」
心外だ、という顔で、グスタフが答えた。
「おやめください! グスタフさんは、既に、私たちに対して敵対する意思は持っていないのですよ」
一触即発の状態になっているグスタフと護衛の男の間に、セレスティアが割って入った。
「し、しかし、そうでなければ……」
勢いを削がれたのか、護衛の男が口ごもる。
「グスタフは、ここに来てからは、常に俺たちのうちの誰かと一緒だった。外部との通信が可能な端末も持っていないし、密かに公安を呼ぶなどということは不可能だ。セレスティアの言う通り、もはや彼女には、『リベラティオ』に敵対する意思はなく、また『智の女神』の元へ戻る気もない。内通などする意味がない」
身に覚えのない罪を着せられる辛さを思い出し、フェリクスも、セレスティアに加勢するべく口を挟んだ。
「どの道、今は、そんなこと言ってる場合じゃないと思うよ」
アーブルに、そう言われて、護衛の男は小さく舌打ちすると、カドッシュのいる方へ歩いて行った。
と、フェリクスは、グスタフが目頭を押さえているのに気付いた。
「大丈夫か、あんなことを言われて、辛かっただろう」
「あ、あんなものは、どうということもない……! ただ、貴様たちが、僕を庇うなんて思わなかったから……」
潤んだ菫色の目でフェリクスを見上げるグスタフの頬には、微かに赤みが差していた。
「そんなことより、向こうを見ろ」
彼女が指差した、壁に嵌め込まれている大きな光る板には、監視装置から送られているのであろう、正門付近の映像が映し出されている。
公安警察の職員と思われる者たちが、屋敷の正門の前に十数人ほど集まっていた。
まだ閉じられている門の内側では、カドッシュの部下と、屋敷の警備を担当する者たちが、公安の足止めをしている模様だ。
「この規模の屋敷を調べに来るにしては、人数が少ないな」
フェリクスが言うと、グスタフは、やれやれとでも言いそうな顔で首を振った。
「あそこにいるのが全部の訳はないだろう。まず間違いなく、この屋敷は包囲されているだろうさ。だが、公安の連中の傍に控えている奴らのほうが厄介そうだ」
更に画面を見ると、公安警察の職員たちの傍らには、黒ずくめの戦闘服をまとった者が九人、直立不動の姿勢で立っている。
頭部全体が覆面で覆われている為に顔は見えないものの、やや大柄な体つきから、彼らは男性と思われた。
ふと、フェリクスは、黒ずくめの男たちが、腰のベルトから光剣をぶら下げているのに気付いた。
「光剣を装備しているということは、彼らは皇帝守護騎士なのか?」
「いや、あんな連中は見たことがない。でも、何だか嫌な予感がする」
フェリクスに問いかけられ、グスタフが少し不安げな表情を見せた。
「――私が、反帝国組織の首謀者だという証拠は、あるのですか?」
一方では、カドッシュが、通信端末越しに公安警察の者たちと話している。
「たしかに、物的な証拠はありません。しかし、ユハニ・ヴァルタサーリ様を国家反逆罪で拘束せよと、『智の女神』様が仰せなのです。『智の女神』様のご命令は、すべてに優先するものであるということは、あなたも御承知かと。こちらとしても、帝国十二宗家の方を相手に手荒なことはしたくありません。どうか、出てきていただけませんか」
言葉こそ丁寧だが、公安警察の者が言っていることは支離滅裂ではないか――フェリクスは目の前で行われているやりとりに、驚き呆れた。
「おい、ユハニ・ヴァルタサーリ」
つかつかとカドッシュに近付いたグスタフが、「枷」の嵌められた左手首を見せながら言った。
「これを外せ。手を貸してやる。もたもたしていると、奴らが屋敷の中になだれ込んでくるぞ」
「どういう風の吹き回しですか」
流石のカドッシュも、グスタフの申し出は予想外だったらしく、驚きを隠せない様子だった。
「彼女なら、心配ない」
フェリクスが言うと、カドッシュは、たまゆら逡巡する様子を見せたものの、懐から小さな鍵に似た器具を取り出した。
器具をグスタフの左手首に当てると、微かな金属音と共に、「枷」が外れた。
「外に行くなら、これ、持っていけよ」
アーブルが、自分の持っていた光剣を、グスタフに差し出した。
「ふん……赤毛も、気が利くじゃあないか」
「俺が持っているよりは役に立つだろ」
言って、アーブルは右手の親指を立ててみせた。
「アーブルは、セレスティアの傍にいてくれ」
フェリクスは、アーブルの肩に手を乗せた。
「分かってるって」
「必ず、帰ってきてくださいね」
セレスティアが、今にも泣き出しそうな笑顔で、フェリクスを見上げた。




