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終わりの始まり

 たった今まで信じていた世界が、跡形もなく崩れてしまった――

 フェリクスは、無情に告げられた真実で縫い留められたかの如く、身動(みじろ)ぎすらできずにいた。

 遠いところから通信端末の呼び出し音が聞こえてくる。


「――私です。何か、ありましたか――――」


 応答しているカドッシュの声も、今のフェリクスにとっては、何の意味も成さなかった。

 過去の記憶が無くとも、自分は人間には違いないと思っていた――いや、フェリクスは、そのようなことを考えてすらいなかった。

 現在の「人間」たちは「マレビト」の血を引いており、セレスティアが純血の「マレビト」だとしても、彼らとは繋がりがあると言える。

 しかし、フェリクスは、人の手で組み上げられた塩基の配列から生じた、「人間」でも「マレビト」でもない存在だという。

 何より、「不死身の人造兵士」などという秘匿名(コードネーム)からは、彼が「道具」として造られたであろうことが(うかが)えた。

 自分の前には誰も存在せず、自分の後に繋がる者も、おそらく存在しない――彼は、たった独り、無音の闇の中に放り出されたかのような感覚の中にいた。


『――――(さま)と、セレスティア殿の身柄の引き渡しを要求されています』


 不意に耳に飛び込んできたセレスティアの名によって、フェリクスは現実世界に呼び戻された。


『現在、公安の者たちは正門の前で足止めしていますが……彼らが言うには『智の女神』によって『任務遂行に必要な、あらゆる行為が許可される』という権限を与えられているとかで、強硬手段をとってくる可能性が高いです。如何(いかが)いたしますか』


 カドッシュの手の中の通信端末から聞こえてきたのは、公安警察の者たちが、ここ「リベラティオ」本部の地上部分にあたる、ヴァルタサーリ家別邸に押しかけてきたという情報だった。


 ――公安警察というのは、国家体制を脅かす集団を取り締まる機関の筈……それが、ここに来たということは、「リベラティオ」頭領のカドッシュ・ミウネがユハニ・ヴァルタサーリであると把握しているということではないのか。セレスティアまで政治犯として拘束されるというのか……?!


 緊迫した空気の中、カドッシュが通信端末から組織の構成員たちに指示を飛ばしているのを前に、フェリクスは鈍っていた思考を正常に戻すべく、必死に脳を働かせた。


「もう少しでいい、時間を稼いでください。お願いします」


 そう言って、カドッシュが通話を切るのと同時に、護衛の男が部屋の扉を開けて、慌ただしく入ってきた。


「カドッシュ様――!」


「分かっています」


 カドッシュが長椅子(ソファ)から腰を上げるのを見て、フェリクスも、慌てて立ち上がった。


「俺が出て、公安警察とやらを排除してくればいいのか」


 セレスティアに危険が及ぶ可能性があるなら、どんなことでもしなければならない――そんな思いを胸に、フェリクスは言った。


「いえ、その前に、やることもあります。君も、私と共に来てください」


 カドッシュに案内されたのは、地下施設の中央あたりに位置する、「指令室」と呼ばれている部屋だった。

 かなり広い室内には、以前、古城の地下施設の「資料室」で見た、机に似た形の情報端末が何台も設置されている。

 また、壁一面に、飛空艇の操縦席に備え付けられていたものに似た、画像や文字が浮かび上がる光る板(パネル)が嵌め込まれていた。

 素人目に見ても、ここが、魔導絡繰(まどうからく)りの技術の粋が集められた場所であろうことが見て取れる。

 そのような中で、組織の構成員たちが、カドッシュの指示を受けて、忙しく動き回っていた。


「フェリクス!」


 指令室に入ったフェリクスに、セレスティアが駆け寄ってきた。

 傍らには、アーブルとグスタフの姿もある。

 彼らの姿を見て安堵すると同時に、フェリクスは、先刻カドッシュから聞かされた「真実」を思い出し、背筋に冷たいものを感じた。


「……君も、ここに来ていたのか」


「はい……公安警察の方たちが来たと言われて、ここに案内されました」


 言って、セレスティアが不安げにフェリクスの顔を見上げた。


「何があっても、君だけは守る」


 セレスティアの両肩に手を置いて、フェリクスが言うと、彼女は頷いた。


「フェリクス、何だか顔色が(ひど)いけど、大丈夫か? 元から色白だけど、血の気がなくなってるっていうか……」


 アーブルが、心配そうに、フェリクスの顔を覗き込んできた。


「ユハニ・ヴァルタサーリと言い争いでもして、完膚なきまでに、やり込められでもしたんじゃあないか? あの男を相手にするのに、何の準備もなく飛び出していくからだ」


 肩を竦めて、グスタフが言った。


「……当たらずとも遠からず、というやつだ」


「俺も、あんたの、姫様を思う気持ちは分かるよ」 


 ため息をついたフェリクスの背中を、アーブルが慰めるかのように、軽く叩いた。

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