掌上
「話を逸らさないでもらおう。セレスティアが『マレビト』だろうと、そうでなかろうと、俺は、彼女に重荷を背負わせたくないんだ」
「なるほど。君は、そう思っているのですね」
カドッシュは「君は」の部分を強調して答えた。
彼の落ち着き払った様子を前に、フェリクスの中にあった焦燥が膨らんでいく。
「もちろん、セレスティア殿が、はっきりと拒絶するなら、我々も無理強いするつもりはありません。しかし、さっき、お話しした際も、彼女は私の提案に対して拒絶の意思を示すことはありませんでした。それがセレスティア殿ご自身の選択ということでしょう」
「それは、あなたが、そう仕向けているからだ」
フェリクスの語気が、無意識のうちに荒くなる。
「セレスティアは、自分と他人を天秤にかけたなら、自分が犠牲になるほうを選んでしまう、優しい子だ。多くの人々の為にと言われたら、拒絶などできる訳がない。あなたは、彼女の優しさに付け込んで、自分たちの目的の為に利用しようとしている……俺は、それが許せないんだ!」
胸中に渦巻いていた不快なものを吐き出すように、フェリクスは言った。
「許せない……ですか。では、君は、セレスティア殿を攫って逃亡でもしますか。今、こうしている間にも、この大陸は『智の女神』が引き起こした馬鹿げた戦争で焦土と化しつつあります。そんな荒廃した世界で、君は彼女を守れるのですか。我々の下を離れるというのは、そういうことだと理解していますか」
淡々と、カドッシュが問うた。
「セレスティア殿は、曲がりなりにも一国の王族として育てられた方です。たとえ君が、草の根を齧り泥水を啜るような生活に耐えられるとしても、彼女は、どうでしょうね」
――たしかに、「リベラティオ」を離れて帝国の外に出たなら、再び、その日その日を漸く遣り過ごす生活に戻るのだろう。平穏だった時期ならともかく、多くの国が焦土と化した中では、糧を得る為の仕事すら望めそうにない……
フェリクスの心に、忘れかけていた「現実」が重く伸し掛かる。
「――君は、セレスティア殿をどうしたいのですか?」
カドッシュの言葉に、フェリクスは口ごもった。
「……俺は……セレスティアを守らなければならないと思っている。彼女には、いつも笑顔でいて欲しい……彼女が笑っているのを見ると、俺は……幸せな気持ちになる……だから……」
追い打ちをかけるような問いかけが、フェリクスの「戦意」を鈍らせるかのようだった。
「セレスティア殿を、愛している……ということでしょうか?」
――いつも一緒に居たい……触れ合っていたい……幸せに笑っていて欲しい……その為には、何でもしてやりたい……これが、『愛している』という気持ちなのであれば、俺は、セレスティアを『愛している』のだろう……
口を開くのを躊躇うフェリクスに、カドッシュが再び問いかけた。
「君も男性なら、彼女を裸にして犯したい、そうは思いませんか」
考えてもいなかった言葉に、フェリクスの思考が、一瞬、停止する。
「――もし、彼女が望んだなら……だが、そんなことは、あなたに関係ないだろう!」
セレスティアを穢されたような気がして、フェリクスは、思わずカドッシュを鋭く睨みつけた。
だが、カドッシュは怯むこともなく、再び口を開いた。
「失礼、私の専門は魔導絡繰りで、生命科学は専門外ですが、つい、好奇心が勝ってしまって」
「……何の話だ」
カドッシュの言葉を唐突なものに感じたフェリクスは、眉根を寄せた。
「造られた生命体でも、他者を愛する心を持ち合わせているようですね」
まるで世間話でもするかの如く、カドッシュが言った。
その表情を覆い隠す銀色の仮面が、冷たい光を放っているように見えた。




