君は君
「利用価値?」
フェリクスは、思わず眉根を寄せた。
「帝国の技術なら、生物の複製も可能だ。建前では法が未整備だとか倫理上の問題といった理由で、許可されているのは動物実験や人体の一部までだけど、理論上は『ヒト』も丸ごと複製できる筈……神の如き力を持つ『マレビト』も複製できるなら、使い道は数えきれないさ。不確定でしか生まれない『異能』に頼る必要がなくなるからね」
そう言ったグスタフの表情は、何故か皮肉と寂しさの入り混じるものだった。
「複製……って、私を、ですか?」
セレスティアが、口元に手を当て、呻くように呟いた。
「ごめん、ちょっと無神経だったか。でも、生きた『マレビト』が存在すると報道されないところから見ると、『智の女神』様が、関係者に緘口令を布いているんだと思う。君を秘密裡に利用するつもりなら、多くの者に知られるのを避ける必要があるからね。……もっとも、ユハニ・ヴァルタサーリだって、王女を利用しようとしている点では変わらないんじゃあないか?」
グスタフの言葉に、その通りかもしれない、とフェリクスも思った。
――カドッシュ・ミウネことユハニ・ヴァルタサーリは、セレスティアを政治宣伝だけではなく、『智の女神』を排除した後の世界をまとめる為の象徴として利用しようとしている。それでは、彼女は、ずっと縛られたままではないか……
「でも、姫様が『リベラティオ』本部にいることは、帝国側には知られていない訳だろ? そっちは、あまり気にしなくてもいいんじゃないか?」
アーブルは、そう言うと、セレスティアに向かって微笑んでみせた。
彼なりに、場を和ませようとしているのだろう。
「……だと、いいけどね」
「どういう意味だ?」
ぽつりと呟いたグスタフを、フェリクスは見つめた。
「僕が、貴様に王女の捕獲を阻止された時、『智の女神』様は『ある程度の成果を得られた』と仰っていた……誰が見ても任務失敗だったというのにね。あの方には、何か、僕たちには分からない意図があるような気がしてならないのさ」
「あの……」
少しの間を置いて、セレスティアが震える声で呟いた。
「皆さんは、何とも思わないのですか? 私が……『マレビト』だとしても……」
その言葉を聞いたフェリクスは、セレスティアが「人間」ではなく「マレビト」かもしれないことなど、自身の中では、何ら問題になっていないのに気付いた。
「君は、自分が『マレビト』である為に、俺たちから疎まれるとでも思っているのか?」
フェリクスの言葉に、セレスティアは俯いた。
「少なくとも、俺の君に対する気持ちに変化はない。ただ、そのことで、君が大きな負担を強いられるのではないかと心配はしている」
「姫様は姫様だよ。それに、俺たち『人間』にだって『マレビト』の血は入ってる訳だしさ。ご先祖様みたいなものだろ?」
フェリクスとアーブルの言葉に、セレスティアは、少し安堵した様子を見せた。
「……私……あなたたちから、気味悪がられたり怖がられたりしたら、どうしようって……」
「僕は、色々と合点がいったというところさ。ユハニ・ヴァルタサーリが、君を特別扱いする理由もね」
小さく肩を竦めながら、グスタフが言った。
「父上も……やはり、私が『普通』ではないから手元に置いたのでしょうか」
セレスティアは、眉を曇らせた。
――たしかに、養父であったウェール王が、血の繋がりのない彼女を、王族と同等に扱ってきたのには、それなりの理由があったのかもしれない。しかし――
フェリクスは、彼女の不安を拭える言葉を懸命に探した。
「――ウェール王……君の養父は、君を愛していたと思うよ」
グスタフが、口を開いた。
「僕なんかと違って、イヤになる程いい子だもの。君を見ていれば、どれほど周囲に愛され大切にされていたのか分かるよ」
「……そうだな。俺も、そういうことが言いたかった」
フェリクスが頷くと、セレスティアの表情が和らいだようだった。
そんな彼女の様子を見たフェリクスは、カドッシュに対して怒りに似た感情が湧きあがるのを覚えた。
――優しいセレスティアは、多くの人々の為と言われれば、自分が大きな負担を抱えることになっても、従ってしまうだろう。カドッシュは、それも分かった上で、彼女に「象徴」になれと言っているのだ。彼女を守る為に、俺にできることは…………




