恐ろしい方
「なるほど。脳味噌まで筋肉でできているような一族かと思っていましたが、多少は考えることもできるのですね」
カドッシュの言葉に、フェリクスは少し驚いた。
「脳が筋肉でできている人間などというものが、存在するのか?」
「いや、モノの例えってやつだろ……でも、カドッシュさん、らしくないっていうか、妙に彼女への当たりがキツくないか?」
アーブルが、いつものように突っ込みを入れつつ、小声で言った。
「ベルンハルト家は武術を得意とする家柄でね。頭でっかちのヴァルタサーリ家とは水と油というやつなのさ」
グスタフが、そう言って皮肉な笑みを浮かべた。
頭でっかち、と言われたカドッシュは、一瞬、何か言いたげに口元を歪めたが、気を取り直すかのように、小さく息をついた。
それを意に介するでもなく、グスタフは、フェリクスへと目をやった。
「……僕は、別に反帝国組織などに興味はなかったよ。任務とも関係ないし。……でも、セレスティア王女が、『リベラティオ』の政治宣伝映像に出ているのを見て、彼女を追えば、貴様とも会えると思った」
「あなたは、フェリクスに会いたくて、ここまで来たのですね」
セレスティアが口を挟んだ。
「……そいつを殺して、僕が勝利する為にね。でも、それが、どうやっても不可能なことが分かったよ。そして、もう僕には、たとえここから逃げ出したとして、戻るところなどない……『智の女神』様の言いつけに背いて、独断で動いたこと自体が罪だ」
言って、グスタフは目を伏せた。
──『智の女神』の命令に背けば全てを失うということか。だが、グスタフは、それよりも俺との勝負を優先した……彼女は、何を守ろうとしているんだ? 俺には、分からない……
フェリクスにとって、グスタフの言葉は、何もかも自身の理解を超えていると感じられた。
「……ユハニ・ヴァルタサーリ、おかしいとは思わないのか」
グスタフが、再び目を開けた。
「何が……でしょうか?」
「僕が調べて分かるようなことを、『智の女神』様が把握しておられないとでも思っているのか」
カドッシュは、一瞬、虚を突かれたかのように沈黙した後、口を開いた。
「……経年劣化で不具合が生じているのなら、それは十分にあり得る状況です。ここ数十年の施策を見ても、本国と併合領の格差に不満を持つ者は多いのに、それを放置したり、貴族などの特権階級を過度に優遇することによる弊害や、汚職の横行にも有効な対策が成されていないなど、抜けが多過ぎます。これらを見ても、『智の女神』が、もはや『壊れた機械』だということが分かるでしょう」
「それらが、意図的なものだという可能性は考えないのか」
「仮に、意図的なものだとしたら、『智の女神』は、何の為に国家に不利益をもたらす選択をするというのですか」
グスタフの言葉に、カドッシュは、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに答えた。
「そんなこと、僕が知る訳ないだろう。しかし……『智の女神』様とは音声でしか話したことはないが、『あの方』には、生きた『人』の意思のようなものを感じるんだ。だからこそ、僕は、『あの方』が恐ろしい」
そう言うと、グスタフは嘆息した。




