崖縁
夜の闇の中、二つの光の刃が、赤と白の軌跡を縦横無尽に描いていく──常人の目には、そうとしか見えない光景だろう。
フェリクスとグスタフは、庭園の中を跳び回りながら、何合となく剣を打ち合わせた。
「リベラティオ」の面々は、なす術もなく、二人の戦いを、ただ固唾を吞んで見つめている。
「麻痺仕様とは、舐めた真似をしてくれるじゃあないか」
鮮やかな剣技を繰り出しながら、グスタフが、忌々しげに言った。
「一度勝ったからと、僕を見くびっているんだな」
襲いかかる無数の斬撃を、フェリクスは紙一重で躱し、答えた。
「見くびってなど、いない」
それは、本心だった。
「リベラティオ」の戦闘員たちとも何度か手合わせしたことはあったが、その誰よりも、グスタフは強いと、フェリクスは感じた。
かつてアーブルが「例え話などではなく、文字通りの一騎当千」と言っていた通り、おそらく、この「本部」にいる構成員たちが束になっても、彼女を止めるのは不可能だろう。
「負けた者に生きる資格も価値もない……僕は、勝ち続けなければならないんだ!」
フェリクスは、以前グスタフと戦った時に感じた「慢心」とでも言うべきものを、今の彼女からは感じなかった。
そうしなければ生きられない、という、気迫と悲壮感が、グスタフを包んでいるように思えた。
──彼女が俺との勝負に拘るのにも、何か理由があるのかもしれない。だが、セレスティアに危害が及ぶ可能性がある限り、俺も譲る訳にはいかない……!
フェリクスは、グスタフの神速とも言える打ち込みを、正面から光剣で受け止めると、身体ごと押し返した。
たまゆら、グスタフの足が縺れる。
間髪を入れず、フェリクスは、疾風の如く彼女の背後をとった。
フェリクスの姿を見失ったグスタフの背中に、赤い光の刃が叩き込まれる。
その瞬間、彼女は光剣を取り落し、膝から崩れ落ちるように倒れた。
数秒遅れて、二人の戦いを見つめていた「リベラティオ」の構成員たちが、おお、と声をあげた。
麻痺仕様の効果か、身動ぎもせず横たわるグスタフに向かって、カドッシュが歩いてきた。
「カドッシュ、来るな。まだ……」
念の為に、と制止するフェリクスに、カドッシュは、心配ないとでも言うように頷いた。
グスタフの傍にしゃがみ込むと、カドッシュは、彼女の左手首に何か輪のようなものを嵌めた。
「それは、何だ?」
「我々は『枷』と呼んでいます。魔導絡繰りの一種で、『異能』の犯罪者を取り締まる際に用いられるものです」
フェリクスの問いかけに、カドッシュが答えた。
「身に着けた者の身体能力を著しく低下させるので、これなら、彼女も、今は普通の女性並みの力しか出せない筈です。『鍵』で解除する以外に、物理的に破壊することでも効果は消えますが、どの道、自力で外すのは不可能でしょう」
と、倒れているグスタフが、呻くように呟いた。
「生き恥を晒すのは……御免だ……」
「『麻痺仕様』の一撃を食らって、口が利けるとは大したものですね」
心なしか、冷たい声で、カドッシュが言った。
「あなたには、聞かなければならないことが山ほどあります。ですから、死んでもらっては困ります」
カドッシュの言葉に、グスタフは睨み返すでもなく、黙って目を伏せた。




