指名
本部にも、フェリクスたちの為に部屋が用意されていた。
基本的に、古城の地下施設と似た造りで、広いとは言い難いものの、街の宿並みには快適と思われた。
「前のところでも、そうだったらしいけど、大多数の連中は、大部屋で交代で寝起きしてるんだってさ。姫様のお陰で、俺たちは特別待遇って訳か」
二つある寝台のうちの片方へ、その柔らかさを確かめるかのように勢いよく腰を下ろして、アーブルが言った。
「だが、正直言って、カドッシュが何故そこまでセレスティアを重要視するのかが、今一つ分からない」
言って、フェリクスも自分の寝台に座った。
「そうだなぁ……でも、たとえば物を売るにしても広告ってのは大事だし、姫様のお陰で、反帝国側が『正義』っぽく見えるというのはあるんじゃないかな」
「なるほどな」
アーブルの言うことは、もっともだとフェリクスも思った。
もう一つ、仮に「リベラティオ」が目的を達成したとして、自分たちはどうなるのか、という疑問もあった。
帝国の中枢である「智の女神」を排除したなら、混乱が起きるのは必至だろう。
それに対し、カドッシュは、「セレスティアには、人々の心を鎮める役割を担ってもらいたい」と言っていた。
しかし、ここまで来るのに、セレスティアが心身ともに相当な無理をしているであろうことは、フェリクスにも分かっていた。
セレスティアは、自身が犠牲を払っても、それが他者を救うことに繋がるのであれば受け入れてしまう優しさを持っている。
だからこそ、彼女本人が大きな負担を抱えてしまわないよう、守らなければならないと、フェリクスは感じていた。
隣室との間にある扉を叩く音に、フェリクスは思考の世界から引き戻された。
彼が、どうぞと言うと、扉を開けてセレスティアが入ってきた。
「ここは、部屋同士が扉ひとつで繋がっているので安心ですね」
そう言って、セレスティアは嬉しそうな顔をした。
「君も、こっちに座ったらどうだ」
フェリクスが促すと、セレスティアは、彼の隣に腰を下ろした。
「俺たち、一応は姫様の護衛だし、何かあったら、直ぐ、そっちに行けるようにしてあるってことなんだろ」
アーブルが言って、ごろりと寝台の上に寝転んだ。
その時、突然、地下施設内に警告音が響き渡った。
「敵襲か?!」
跳ね起きたアーブルが、いつでも動ける態勢をとった。
セレスティアは、怯えた顔で、フェリクスの胸に縋っている。
と、脇机の上に置いてある、小型の通信端末が、けたたましい呼び出し音を鳴らした。
フェリクスは、素早く通信端末を手に取った。
「フェリクスさんですか?!」
通話の為の操作をすると、聞き覚えのない男の声が聞こえた。組織の構成員の誰かだろう。
ひどく慌てている様子だ。
「て、敵襲です……地上の庭園に、『異能』と思われる侵入者が一人……応援をお願いします!」
「相手は、一人なのか?」
フェリクスは首を傾げた。
帝国の軍や警察に、ここが「リベラティオ」の本部だということを嗅ぎ付けられたとして、流石に単身で乗り込んでくる者がいるとは考えられなかった。
「一人ですが、危なくて誰も近寄れないんです! それと、奴は『セレスティア王女の傍にいる、栗色の髪に緑の目の男』を出せと言っています……これ、明らかに、あなたのことですよね?」
「なに、フェリクス、ご指名なの?」
隣で通話に耳を欹てていたアーブルが、目を丸くした。
「そうらしいな。俺は上に行くが、アーブルはセレスティアを頼む」
立ち上がったフェリクスに、セレスティアが不安げな目を向けた。
「あの、怪我をしたら、私が治しますから、だから……」
「ああ、その時は頼む。生きてさえいれば、何とかなるんだろう?」
フェリクスの言葉に、セレスティアは力強く頷いた。
セレスティアを安心させようと、フェリクスは彼女に優しく微笑みかけてから、足早に部屋を後にした。




