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◆散る花と殉教者1

 帝国十二宗家ていこくじゅうにそうけというのは、アルカナム魔導帝国において、建国の際に功績があったとして、「智の女神」と初代皇帝から高い身分と特権を与えられた人物たちを祖とする、十二の名家だ。


 彼らは、先祖が与えられた特権を代々受け継ぎながら、現代でも国家の中枢に人材を送り続けている。


 もちろん、現代では、先祖の功績に胡坐(あぐら)をかき、既得権益を貪るだけの者も多い。


 しかし、それを糾弾することは、彼らに特権を与えた「智の女神」をも否定することに繋がるとして禁忌とされていた。


 ユハニ・ヴァルタサーリは、帝国十二宗家ていこくじゅうにそうけの一つである、ヴァルタサーリ家の跡継ぎとして生を受けた。


 ヴァルタサーリ家の始祖は、「智の女神」から「魔法の技術」を与えられた者たちの一人であり、それを生かした「魔導絡繰(まどうからく)り」の数々を開発した。


 その子孫たちも、始祖に(なら)って魔法技術の研究開発に携わり、一族は帝国の発展に大きく貢献した。


 ユハニは、そんな生家を誇りに思い、また自らも一族の者たちのような優れた技術者になって、帝国に貢献するのだと、幼い頃より何の疑いも持たず、勉学に励んでいた。


 やがて、彼は歳若くして高い技術と深い知識を習得し、研究者としても、ヴァルタサーリ家の次期当主としても、周囲の期待を集める身となった。誰の目から見ても、順風満帆の人生が約束されているものと思われた。


 そのような中、ユハニは、ある女性と恋に落ちた。


 研究者や学生たちが集まる地域にある、人気の喫茶店──クロエと呼ばれる彼女は、そこで働く給仕係だった。


 美しく気立ての良いクロエに、ユハニは惹かれた。彼は恵まれた育ちゆえの屈託のなさと物怖じしない態度で、瞬く間にクロエとの距離を縮め、恋人としての地位を手にした。


 勉学一色だったユハニの世界に、クロエは穏やかな安らぎをもたらし、また世間知らずだった彼に、外の世界についての様々なことを教えた。


 だが、程なくして、クロエの身の上には問題のあることが分かった。


 クロエは、帝国に幾つか存在する「併合領(へいごうりょう)」の一つから、帝都へ働きに出てきたのだという。


 併合領(へいごうりょう)というのは、かつて帝国と争い敗れた末、帝国の領土として支配されることとなった土地だ。


 建前上は併合領の住民も帝国民と同等に扱われる筈であるが、実際には敗戦から百年以上経つ地もあるというのに、未だ劣等民族呼ばわりされるなど、根強い差別が残っている。


 ユハニが上流階級、それも帝国十二宗家の出身だと知ったクロエは、身分が違い過ぎると言って身を引こうとした。


 しかし、ユハニは「クロエは生まれなど関係なく素晴らしい女性だ」と、別れを拒んだ。


 身分の違いが問題であれば、誰か知り合いの貴族の名義だけ借りて養女にでもしてもらえばよいと考えた。若さゆえの傲慢さと浅はかさが、ユハニを突き動かしていた。


 そして、ある日、悲劇が訪れた。


 クロエが、行きずりの破落戸(ごろつき)に乱暴されるという事件が起きたのだ。


 それを切っ掛けにクロエは精神に変調を(きた)し、彷徨(さまよ)った末、河に落ちて溺死するという運命を辿った。もしかすると、彼女は(けが)された身を少しでも清めたいと思ったのかもしれない。


 事件当時、ユハニは研究で多忙を極め、クロエと過ごす時間が取れなかった。


 彼女に起きた異変を知ったのは、その死の報せと同時だった。

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