予兆
カドッシュの話から数日が過ぎて、フェリクスたちは、いよいよ帝都へ発つこととなった。
用意された車両による、帝都までの移動は順調だった。
フェリクスたちは、顔を見られないよう、念の為にと言われて、頭巾付きの外套を身に着けさせられている。
「俺たちはともかく、姫様は顏が割れてるから、外を歩くのは控えろって言われてるんだよな」
車両の座席で、軽食として出された、腸詰めが挟んであるパンを平らげながら、アーブルが言った。
「仕方ありませんね……遊びに行く訳ではありませんから。でも、王宮の奥で閉じこもっていた頃を思えば、どうということはありません」
セレスティアは頷いた。
「ずいぶんと落ち着いているが、怖くはないのか」
フェリクスは、セレスティアの顔を見つめた。
いつの間にか、大きな流れに呑まれつつあることに、彼自身も、不安を抱いていた。
「怖くないと言えば嘘になります……でも、あなたたちが一緒だから、何とかなると思っていますよ」
そう言って、セレスティアは微笑んだ。
「間もなく、帝都『マグヌス』に入ります」
案内役として付き添っている「リベラティオ」構成員が告げた。
車窓から街道の先に目をやると、日の落ちかけた夕刻の空に、突然、光り輝く高層建築の群れが出現したように見えた。
これまでに通って来た幾つかの街も、帝国以外の国から見れば都会と言えるが、帝都は、それらさえ比べものにならない「別世界」だ。
数えきれない摩天楼の間を、高架道路が縦横無尽に走っている。
フェリクスは、かつて恩人であるモンスが「帝国は魔法の灯りで夜でも昼間のように明るい」と言っていたのを思い出したが、正に、その通りだった。
しばらく高架道路を走ると、照明で一際明るく照らし出された壮麗な建物が現れた。
と、フェリクスは、突然、胸の奥底がざわつく感覚を覚えた。
──この感じ、どこかで……セレスティアと初めて会った時の、あの感じと似ている……?
自分を呼んでいる何者かの元へ行かなければならない──何故か、そんな感覚に支配されそうになる自身を、彼は必死に抑えた。
「あれが、皇帝のいる『皇宮』です。その後ろにある半球状の大きな建物……あの地下に『智の女神』の中枢部があると言われています」
構成員が説明した。
「あの辺りは、上流階級とか富裕層しか来られないから、俺も実際に見たのは初めてだな」
窓の外を見ていたアーブルが言って、笑った。
「……フェリクス、気分でも悪いのですか?」
セレスティアが、フェリクスの顏を覗き込んだ。
「いや、何でもない」
フェリクスは、慌てて頭を振った。
彼女に、余計な心配をかけたくはなかった。
「さすがに、あんたも緊張してきたか?」
「そんなところだ」
アーブルの言葉に、そういうことにしておこう、と、フェリクスは頷いた。




